Happy Halloween Night at Pumpkin Hills(後編)

「みんな、そろそろ出かける時間よ!準備は出来たの?」
「もうすぐだよ、ちょっと待ってて!」
 今日は十月の三十一日、誰もが待ちに待ったハロウィン当日だ。時計の針が午後四時を指し示す頃、マディが階下から屋根裏部屋に向かって声をかけると、すぐにソニックの元気な声が返ってきた。ほどなくして三人分の足音が階段を下りてきたかと思うと、この日のために用意した衣装に身を包んだ子どもたちがリビングへとやってきた。ソニックはドラキュラ、テイルスは魔法使い、ナックルズはフランケンシュタインの怪物の格好をしている。一分一秒でも早く外に出かけたいと言わんばかりにそわそわとしている三人に、マディは軽くハグとキスをして「ずいぶんと可愛いモンスターたちね」とクスクス笑った。
「さあ、今日は目いっぱい楽しんでバスケットをいっぱいにして帰ってきなさい。ただし、あまり遅くならないうちにな」
「分かってるよ、父さん!」
「それじゃあ行ってきます!」
 笑顔で戸口に立つトムに揃って手を振ると、三人はいよいよ町に繰り出した。静かな田舎町のグリーンヒルズも今日はハロウィン一色に染まっており、いつにない活気で溢れている。まさに「パンプキンヒルズ」と化した町のあちこちから、仮装した子どもたちの「トリック・オア・トリート」が聞こえてきた。
「お前らどこ回るかもう決まってる? オレはトムが贔屓にしてるドーナツ・ショップさ!」
「ボクは電器屋さん。あそこの奥さん、いつもすごく優しいんだよ」
「俺は別に。まあ、後でカボチャ農家のじいさんの所には顔を出すつもりだけどな」
 いつもと違う町の雰囲気に浮足だっているのはソニックだけではない。テイルスとナックルズも初めてのハロウィンにワクワクする気持ちを隠しきれず、歩きながらぱたぱたと尻尾を振り、笑みをこぼしている。
「オーケー、じゃあ順番に行こうぜ。今日の目標はグリーンヒルズ中の家を回ること、これで決まりだ!」
ソニックの提案に二人は歓声を上げた。

***

「トリック・オア・トリート! お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうぜ!」
まずは一軒目。黒いマントを翻して颯爽と現れたソニックに、ドーナツ店のオーナーは大げさに驚いたふりをしてみせた。
「やあ、誰かと思ったらソニックじゃないか! キミたちにいたずらされたら店中大変なことになっちまう。おお、考えただけでもおっかねえ! ほら、このドーナツをあげるから勘弁しておくれ。そうそう、おまけで割引券もサービスしておくよ。もちろんキミたち三人分だ。トムとマディにもよろしくな」
続いて二軒目。
「トリック・オア・トリート! お菓子をくれないと、いたずらしちゃうよ!」
呪文を唱えて魔法のステッキを片手でくるくると回すテイルスに、電器屋の奥さんは顔を綻ばせる。
「まあテイルス、ハッピーハロウィン! このキャンディをあげるわ、後で食べなさい。来週はいくつか新品のパーツや格安で引き取ったジャンク品が店に入荷するのよ。興味あるでしょ? また暇な時にうちに遊びにいらっしゃい。なにより旦那や子どもたちも、あなたに会うのを楽しみにしてるのよ」
そして三軒目。
「トリック・オア・トリート! お菓子か、それともいたずらか?」
顔なじみの農夫に向かって、ナックルズは仏頂面でバスケットを突き出した。
「おお、ナックルズかい。ハロウィンについてよくわかったか? そら、うちのカミさんの焼いたカボチャのクッキーだ。持っていくといい。明日の仕事だが、くれぐれも夜通しお菓子を食べていて寝坊した、なんてことにならんようにな。まあ生真面目なお前さんに限ってそんなことはないとは思うがね」
 こうして三人で町中の家という家を回って日がとっぷりと暮れる頃には、バスケットはたくさんのお菓子で溢れそうになっていた。
「すごいやソニック! 本当にバスケットがいっぱいになっちゃったよ!」
「おいおい、これ以上はもう入りそうにないぞ」
「こんなに食べきれるのかな? ちょっと欲張りすぎたかもなあ……」
 ソニックたちが戦利品の詰まったバスケットを覗き込んであれこれと話している間にも、先ほどまで町のいたるところで見かけた子どもたちは一人、また一人と姿を消し、辺りはすっかり夕闇に包まれてしまった。
「……あんまり遅くなるとトムたちも心配するし、そろそろ家に帰ろうぜ。おなかも空いたしさ」
 家々の玄関先を飾るランタンの暖かいオレンジ色の灯りが、暗い夜道を優しく照らしている。ソニック達がその光を辿るようにして家に戻ってくると、マディとトムだけでなく、思いがけないお客も彼らを待っていた。
「ただいまトム、マディ……ってウェイド、来てたの? わあ、ハッピーハロウィン!」
「やあソニック、それにみんなも。お邪魔してるよ! ところで今日は町のパトロールをしていたらみんながお菓子をくれるんだよ、僕はもう大人なのになあ。不思議じゃない?」
「いいじゃん別に、くれるんだったらありがたく貰っときなよ!」
ウェイドと談笑するソニックや、リビングでウロウロするオジーを構っているテイルスをよそに、ナックルズはキッチンに漂う甘い匂いに鼻をクンクンとさせている。
「いい香りだな、今晩は何を作ったんだ?」
「カボチャのスープとパイよ。きっと気に入ると思うわ」
「ちょうどいいところに帰ってきたな、ナックルズ。着替えが終わって手が空いたら、こっちを手伝ってくれ。焼き上がったパイを切り分けなきゃな」
ナックルズはトムの頼みにしっかりと頷くと、さっそく仕事に取り掛かった。

***
 リビングでご馳走を食べたり、他愛もない話をして過ごすうちに時刻は午後十時を回り、ワカウスキー家のハロウィンパーティーもお開きとなった。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。名残惜しそうなウェイドをみんなで見送った後は、三人とも風呂に入り、いつもとなんら変りない夜を過ごした。
「さあみんな。今日はいつも以上にきちんと歯磨きをしてから寝なさい。それと屋根裏部屋にお菓子をこっそり持ち込んでベッドの中で食べたりだなんて、絶対に駄目よ。虫歯のもと!」
「俺も小さい頃にハロウィンのキャンディを毎晩寝床で食べてたら泣きべそで歯医者に行く羽目になったぞ。マディの言うことを、よーく聞いておいた方がいい」
 ベッドへと向かう前に、優しい母親であり、また優秀な医者でもあるマディが口を酸っぱくして自分たちに言い聞かせる一方、なんとも情けないエピソードを自信満々で披露するトムに思わずソニックは苦笑してしまった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だってば。それじゃあ、また明日!」
おやすみ、と二人に声をかけてから階段を上り、ソニックたち三人は屋根裏部屋へと入っていく。今日はよっぽど疲れてしまったのか、テイルスは日課の読書も忘れて自分のベッドに潜り込むと、すぐにすやすやと寝息を立て始めた。その様子に、オレも今日は早いところ寝よう――とソニックが思った矢先、頭上から彼に声をかける者がいた。ぎょっとして顔を向けると、天窓からナックルズが顔を覗かせている。
「おい、ソニック。ちょっと屋根の上に来いよ」
「ナックルズ! お前そんなとこで何してるんだよ?」
「いいから来いって。今日は満月だぞ。ちょっと付き合え」
珍しいこともあるもんだ、と内心呟きつつ、ソニックも天窓を開けて屋根へと登る。
「どうしたんだよ。お前、いつもだったら真っ先に寝ちゃうのにさ」
「まあ、たまにはいいだろ」
 二人して屋根の上に腰掛けると、しばらく夜空に輝く満月を見つめていたが、先に口を開いたのは沈黙に飽きたソニックだった。
「なぁ、ナックルズ。初めてのハロウィンはどうだった?」
ソニックの質問に対し、ナックルズはニッとした笑みを見せる。
「悪くなかったぜ。ただし、もうホラー映画はしばらくお断りだ」
「え~、なんで?」
「なんでもヘチマもねえ。とにかく駄目だ」
「ホラー映画お断り」の言葉に不服そうな声を漏らしていたソニックだったが、ふとナックルズが真剣な表情を浮かべていることに気付いたのか、二人の間にまた沈黙が戻ってくる。
「マディが言っていた、今夜は死者の魂がこの世に戻ってくると」
この静寂を先に破ったのは、今度はナックルズの声だった。
「もしもこの地に彼らの……戦場で散ったエキドゥナ族やフクロウ族、俺の父やお前の母であるロングクローの魂が帰ってきているとしたら、……今の俺たちを見て何を思うだろう?」
「……分からない」
 あたりには再び静寂が訪れる。満月が照らす柔らかい光の中、虫がどこか遠くで鳴いていた。
「……分からない、分からないけどさ。オレたちはあの日の戦いの中で、これからマスターエメラルドを守っていこうって誓った。少なくとも、オレはロングクロ―に対して胸を張ってこう言えるぜ、『この地球で心から信頼できる友達や、命より大事な家族が出来たんだ』って」
 おもむろに口を開いたソニックに、ナックルズは力強く頷いた。
「俺も同じだ。お前やテイルスだけじゃない。トムやマディ、ひいてはこの町の人々も……。彼らの幸せを守りたい、そう願っている」
「へへ、オレとお前って全然違うけどさ、なんだかんだ似てるとこもあるよな」
ソニックの言葉にナックルズは照れくさそうにフンと鼻を鳴らしてみせた。
「じゃあさ、ここでまた誓いを立てようぜ。また来年も、そのまた次の年も、オレたち家族や、この町みんなで幸せなハロウィンを過ごせるようにマスターエメラルドを守ろう、ってさ」
「グータッチでか?」
「そ、グータッチで」
満月が見守る中、二人は静かに互いの拳を突き合わるのだった。


Happy Halloween!