リモート飲みする綾城とおけけパワー中島の話

「本日の業務が終了いたしました。お疲れさまでした。よい休日を」
 終業時間を迎え、リモートワーク用の連絡アプリで同僚たちに速やかに連絡のチャットを飛ばせば、 即座に返信、既読のマークが付いた。これならばもう退席状態にしてもいいだろう。安堵の溜息が出る。
 今週は3月の半ば。コロナ禍ということもあるのか、1週間を通して比較的仕事が少なく、今日も予定より早く業務が 片付いたのはありがたかった。しかし、どこの企業も締め日が近くなる来週は格段に業務は忙しくなるだろう。 そう考えるだけで気が重くなるけれど、ひとまず今週はもう仕事からは解放されたのだ、と気持ちを切り替える。 週末は録画しておいた映画やアニメを見たり、ゆっくりと趣味の小説の執筆に取り組んだり、楽しく過ごしたい。 何より今夜は同人仲間の中島さんと宅飲みしながらの通話を予定している。
 もともと今週末は、彼女と親しくなってからはほぼ毎年恒例行事となっていた花見をしに行く約束だった。 それが新型コロナウイルス流行により、毎年足を運んでいた公園が感染防止のためにと今年は入園を自主的に制限することを 表明したため、諦めざるをえなくなってしまった。
 そんなわけで、会えないのは残念だけれど、せめてお話くらいはしたいと飲み通話をすることなった。 なんだか結局いつもと変りなくなっちゃいましたね、なんてお互いに苦笑した。
 開始時間は6時半。大事な人との約束だ、遅れるわけにはいかない。 夕飯は簡単に作ることができる、お吸い物のもとを使って味付けした和風パスタ。 手早く食事を済ませてテーブルを片付けた後、この日のために買い溜めしておいた ビールやおつまみを作業用のPCまで持っていく。約束の時間が待ち遠しかった。



「あ、もしもし!綾城さんこんばんは~!いや~今週もお疲れさまでした~!」
「はい、中島さんもお疲れ様です」
「乾杯しましょう綾城さん!はいかんぱ~い!」
 プシュ、という小気味いい音が聞こえてくる。どうやら中島さん、早速缶ビールを開けたようだ。 私もそれに続くように缶を開け、おつまみの煮干しをぽりぽりと食べ始める。
「なんだか、自粛、自粛、って言ってるうちに、あっという間に1年経っちゃいましたねえ。 去年も危ないかもしれないからってお花見我慢したのに、感染者増えまくって今年なんてもーっと無理になっちゃって……はあ」
「そうですよね、去年も確かこの時期くらいに緊急事態宣言でしたし……」
「ああ~もう!こんなことになるなら去年行けばよかったかなあ。今年こそ綾城さんと一緒にお花見行きたかったのに!」
 声だけでも伝わってくる、中島さんの激しい嘆きよう。 彼女が自分と一緒に過ごす時をそこまで楽しみにしていたかと思うと、 大切な予定が奪われたはずなのに、どこか嬉しくなってくるのが不思議だ。
「まあ、代わりに推しカプにお花見行かせる小説書いてますけどね!」
「中島さんらしいですね!楽しみにしています。……あ、そうだ」
「ん?どうかしました? 」
「お花見の代わりといってはなんですけど、中島さんに見せたいものがあって」
「えっ? なんだろ~ 」
「今ラインで写真送りますね」
 どうか喜んでもらえますように。ちょっとお祈りをしながらアプリを開き、彼女の連絡先をタップして写真を1つ、送信する。
「あっすごい!めっちゃきれいですね!これ桜? ですか?えっ、でもこれ映ってる場所って綾城さんのお部屋ですよね?! どうしたんですか? 」
「梅なんです。この間、朝のニュースの特集で、外でお花見ができない代わりに盆栽を買う人たちが出てきた、 というのを見て。サイズも小さいけれど本当に綺麗で。すごくいいなあ、と思って。思い切って私も買っちゃったんです」
「へえ~梅なんだ!うーんその発想は無かった。コロナだと何が売れるか分かんないですね~……」
「私もです。うちにも前からサボテンはあるんですけど、盆栽を買うなんていうのは正直、ニュース見ていなかったら 思いつかなかったですよ」
「でもほんときれいですね~、色も可愛い!」
「はい!私も、買ってよかったなあって思ってます。なかなか外にも行けない中でも春を感じられるし……、 中島さんもお花見楽しみにしていたので、気分だけでも今日は一緒に味わえたらと」
 果たして私は平静を装えているだろうか。換気のために開け放した窓から入る風が、火照った頬に心地よかった。
「ええ~!綾城さん、なーんか私のために買っちゃった、みたいな言い方じゃないですか~?! 」
「まあそうですね」
「否定しないの!? もう綾城さん~!すき!」
 だって実際、その通りだから。春は、大切なあなたに笑顔の花を咲かせて欲しいから。
「ふふ、ありがとうございます」
「あっ、綾城さん照れてる!」
 例え離れていても、会えなくても。 同じ時を健やかに過ごせますように。
 風に揺れる可憐な梅の花に彼女を重ねながら、そう願った。

あとがき

結構短めになった綾おけの小説でした。読んでくださりありがとうございます。
思いっきり時事ネタというか、コロナが流行ってる世界線の同人女ですね……。
そもそもジャン神本編での綾城さんの心情ってあんまり描写されてないし、おけけは顔も出てこないしで 結構この2人で書くの難しいなって書き始めてから思いました。こういうこともあって本当は初めての三人称視点に挑戦して書こうとも思ったのですが 途中でこんがらがってきてしまって結局自信があまりないまま綾城さん一人称に逃げてしまった感がある……。反省。
ただ、綾おけのお話は今まで書こう書こうと思いながらもなかなか形に出来なかったので、例え短くても こうして完成したのは嬉しいですね。というか今までが小説素人の癖にやたら長いのばかりの書いてきたのでようやく短くまとまった ものが書けるようになったというのが正しいのかも。