「え? 私に相談……ですか? 虚崎さんが?」
「は、はい!」
おけけパワー中島のTwitterアカウントに虚崎から一通のDMが届いたのは三日前のことだった。 内容はいつもとさして変わりはない。 「週末に通話をしないか」という誘いだ。 中島はそのメッセージに対して「おkです!」と二つ返事で了承した。 しかし今日、通話を開始してから間もなく「実は中島さんに聞いていただきたいことが……」と切り出した虚崎の口から出たのは、なんと創作活動についての悩みだったのだ。 ようやく完成させた『アスカレ』の二次創作小説を中島に読んでもらいたい、というのが彼女の相談だった。
しかし中島の知る限り、虚崎はROM専だったはずだ。 そこでより詳しい話を彼女から聞いてみたところ、虚崎は共通のフォロワーでもあるナツメと先日『アスカレ』コラボカフェに赴き、そこで彼女から小説を書くことを勧められたらしい。 それから努力の甲斐あって三木くん――現在中島、ナツメ、そして虚崎の三人が熱を上げている推しキャラだ――を主役にした短編を無事完成させた。 そこまではよかったものの、虚崎は肝心の作品をP支部やTwitterなどに投稿する自信が全くない、というのだ。 虚崎と通話をしながらも「うんうん」だとか「そうだったんですねえ」と相槌を交えて、中島は無意識にこくこくと頷いていた。
「でも、それこそナツメさんご本人に相談してみた方がよかったんじゃないですか?」という言葉を、すんでのところで中島は飲み込んだ。 虚崎は控えめで大人しいタイプの人間だ。 少なくとも中島の印象では、そうだ。 自分に頼みごとをするというだけでも、きっと彼女にとっては勇気のいることだっただろう。 もしこのタイミングで何か下手なことを言ったが最後、この先二度と彼女は自分に相談などしてくれないかもしれない――そんな考えが中島の頭を過った。 なにより年下のフォロワーであり、大好きな『アスカレ』を通じて仲良しになった虚崎が自分を真っ先に頼ってくれたことは、中島にとっても素直に嬉しかったのだ。
「それで、あ、あの、もしよろしければなんですけど……。 これをどこかに投稿する前に中島さんに見ていただいて、直すべきところがあれば、と思って……」
か細くて、今にも消え入りそうな虚崎の声だが、決して通信状況が悪いわけでも、スピーカーの音量調節に不具合があるわけでもない。
「なるほどですね! どこを直せばもっとよくなるのかって、なかなか自分で読んでるだけだと分からないですもんね~。 私も支部にアップしてから誤字脱字に気づくとかホントにもうしょっちゅうですよお!」
中島はいつも以上に朗らかな声で彼女へ話しかける。 電話口からでも伝わる虚崎の不安と緊張を、少しでもほぐそうとして。 やがて虚崎が聞こえるか聞こえないかというくらいに小さく控えめな笑いを漏らした。 それを耳にした中島は、ようやくほっと一息つく。 それとほぼ同時に彼女に一通のメールが届いたようで、受信を知らせるアイコンがPCの画面端にポップした。 差出人は虚崎だ。 すぐに開封して中身を確認すると、メールには短いメッセージと共に、彼女の書いた小説のデータファイルが添付されていた。
「あ、虚崎さーん。 メール届きましたよ! ありがとうございます!」
目の前には誰もいないというのに、つい小さく手を振ってしまうのは中島の癖だ。 話している言葉についつい動作も引っ張られてしまうのだ。 早速、虚崎が初めて取り組んだという力作に彼女は目を通し始めた。
作業通話のときでさえもお喋りな中島が、それまでの和やかな雰囲気とは人が変わったように黙々と小説を読んでいる。 彼女とはこれまで何度も通話を重ねてきたが、中島が一言も喋らないという状況を虚崎は経験したことがなかった。 緊張のあまり、虚崎の喉が時折ごくりと唾を飲み込む。 『アスカレ』にハマってからずっと親しくしている彼女がそれほど真剣に自分の作品を読んでくれているということが嬉しいやら、貴重な時間を使わせてしまって申し訳ないやらで、虚崎は落ち着かない気分だった。 先ほどからずっと椅子の上でもじもじしたり、膝に抱えた猫のぬいぐるみを潰れるくらいに抱きしめては、深呼吸を繰り返す。
少し喉も渇いたのか、虚崎が手元にあったペットボトル入りのサイダーへと手を伸ばした、その時だった。
「なにこれヤバくないですか?!」
虚崎のスマートフォンから大音量で響く中島の絶叫が、静寂を破った。
「えっ……や、ヤバいって……。……やっぱりそうですよね……。 ひ、ひどい出来ですよね……」
「アッ!? え、えっと! ち、違います違います! そうじゃないです! むしろその逆ですよ虚崎さ~ん!」
虚崎のどんよりと沈んだ声を聞くやいなや、中島は大慌てでフォローを入れる。
(――ああもう、私のバカバカ!どうしていつも思ったことすぐ口に出しちゃったり、余計なことを言っちゃったりするんだろう)
中島はパシパシと自分の頬を軽く叩いて、己に喝を入れる。
(今の虚崎さんはきっと不安なんだから、私がしっかりしないと!)
「この小説、ほんっとに萌えすぎてヤバいですよ!」
中島の言葉に嘘はなかった。 「萌えすぎる」と「ヤバい」の二語しか口から出てこない現代人丸出しの己を、内心彼女は殴り飛ばしたくなったほどだ。 同人小説を数年間に渡って書いてきた中島から見ても、虚崎の綴るそれは世界観、構成、文章ともによく練られている。 とても初めて書いたとは思えない出来栄えだった。 五千字にも満たない短編であることが惜しいくらいだ。 何より虚崎の作品からはこれでもかと熱意が溢れ出している。
――もっと、この人の作品を読んでみたい。
中島の心は虚崎の紡いだその一字一句に揺り動かされ、瞬く間に虜になってしまったのだ。
「はあ……すっごいなあ~、虚崎さん! これが本当に初めての作品とかすごすぎませんか? 一体どうやったらこんな小説書けるんだろう……!」
「どうやって、って……。 その、え、ええーと……スマホのキーボードをポチポチ、ってしただけですけど……?」
「……」
「あ、あの?中島さん?ど、どうされました?」
「ふ……、ふふ、ふふ! う、虚崎さんってば、もう!かわい~い!」
「は?! え、ええっ? そ、そんなこと……ちょ、ちょっと中島さん! もしかして私、また何か変なこと言っちゃったんですか? は、恥ずかしいですよ……!」
中島の投げたボールを、虚崎が斜め上にと打ち返してくる。 いつもおなじみのやりとりだ。 しかし今回ばかりはことさらおかしく思えて、中島はしばらく笑いが止まらなくなってしまった。 なにしろ、心にずしんと響くような作品を書き上げた底知れない才能の持ち主が、このどこか天然なところが見え隠れする女の子と同一人物なのだから。
(虚崎さん、ひょっとして現代に転生してきためっちゃすごい文豪だったりして)
ライトノベルでもあるまいし、突拍子もない妄想だ。 そんなことは中島にだって分かっている。 でも、ひょっとして、もしかすると。 ちょっぴり、あり得るかもしれない――。 頭の片隅でそんな他愛もないことを考えながら、中島は画面の向こうで赤面しているであろう彼女に向かって語り掛けた。
「虚崎さん。 もっと自分に自信持っていいんですよ! 確かに初めて挑戦することって本当に緊張すると思います。 だけど虚崎さんは自分の『好き』を形にする第一歩を踏み出したんです! それって、とーってもすごいことなんですよ!」
「は、はい! あの……ありがとうございます、中島さん。 私……なんだか勇気が出てきました。 中島さんのおかげです」
「虚崎さんがこれ支部とかTwitterに投稿したら私、絶っ対に! 真っ先にリツイートとふぁぼしますから! きっとナツメさんもめちゃくちゃ喜びますよ~!じゃあ虚崎さんお疲れ様です、また今度通話しましょーね!」
「勿論です! お、お疲れ様でした!」
通話を切った後もしばらく虚崎の心臓は早鐘を打っており、頬は真っ赤に火照っていた。
「……褒めてもらえた。 褒めてもらえた! 中島さんに……!」
ぬいぐるみを抱きしめて頬ずりし、虚崎は胸いっぱいに広がる感情を噛み締める。 それをじいっと見ていた虚崎の飼い猫は、不機嫌そうな鳴き声を上げてぴょんと机に飛び乗ってきた。 白くふわふわとした尻尾をしきりに揺らして、まるで「そんなぬいぐるみなんかより、この僕に構っておくれよ」と言っているようだ。
「もう、うにちゃんってば……。 いつ入ってきたの?」
虚崎は苦笑いしながらもぬいぐるみを机の脇にそっと置くと、甘えん坊の飼い猫を抱き上げた。
「ナツメさんにも読んで、喜んでもらえたら……。ううん、きっと喜んでもらえる。 そう思うよね、うにちゃん……」
うっとりとしたように呟く彼女の言葉に、仔猫はただ目を細めて喉を鳴らした。
あとがき
神字書き、「こういう小説どうやって書くんですか?」って質問とかに、「どうって……キーボードを叩いただけだが?」って返しそうという偏見から生まれたSSでした。この先ナツメさんから受ける仕打ちを知らない虚崎さん、かわいいね♡一応サイトの7000hit記念作品でした。