七瀬の場合
巷で盛んなAIを巡る議論。 オタク界隈ではもっぱらAIによる自動生成イラストの是非が話題に上ることが多いが、最近は「人工知能de小説家」というウェブサイトで執筆活動をより充実したものにしている腐女子もいるとかいないとか。 人工知能に書いてもらえれば、疑似的に他人の書いた推しカプを無限に摂取することが出来る……。 TLでなんとも魅力的な噂を目にした七瀬は、「自分も早速これを使ってAIに自ジャンル『KTG』でのマイナーな推しカプ、Xくん×Yくんの小説を書かせてみよう!」と意気込んでいた。
これといって予定もない日曜日は、やっぱり小説を書くに限る――菓子パンとコーヒーだけの軽い朝食を済ませた七瀬は、そんなことを思いながらデスクへと向かった。 そしてPCを立ち上げると「人工知能de小説家」のキーワードを検索エンジンに入力し、一番上にサジェストされた公式ウェブサイトにアクセスする。 無料会員のアカウント登録を済ませると、さっそくサイトに書かれている例を参考にして原作である『KTG』の設定を打ち込み始めた。 キャラクターの容姿、性格、推しカプの萌えポイント、好みのシチュエーション、そして最後にストーリーのざっくりとしたプロット等をAIが参考に出来るように入力していく。 準備が万端になったところで、七瀬は鼻歌交じりに意気揚々と執筆を開始した。 自分の打ち込んだテキストに反応してAIが即座に文章を出力することに、彼女は感心しながらタイピングを続ける。 何もかもが順調に進んでいたかのように思えた――はじめのうちは。 しかし書き続けるうちに七瀬はAI特有のトラブルの数々に直面することとなった。
「え? 何これ! せっかく二人きりのシチュなのにいきなり無からモブ女が生えてきたんだけどぉ!」
「いやこれどういう体勢だよ……。 どう考えてもXくんに腕4本あるぞ……?」
「おい! おいコラ! 待て! やめろ! 急に左右を逆にするな! AIが人間様に逆らうな!」
相思相愛設定の男二人の間にやたらと女性キャラを挟みたがるAIに戸惑ったり、盛り上がるはずのベッドシーンで体のパーツが増殖してカ〇リキーに進化してしまった攻めにツッコミを入れたり、挙句の果てに心の準備がないまま唐突なリバ展開が起こってしまったり……。 数行の文章をタイプしては唸ったり歯ぎしりをしながら「もう一度書き直す」をクリックする回数も増えてきたそのとき、七瀬の我慢はとうとう限界に達した。
「いやこれもう全部私が書いたほうが絶ッ対に早いし! しかも何ッ百倍も圧倒的に萌えるもん書けるわ!」
体中に漲る怒りのエネルギーを込めた拳を派手な音を立ててデスクに叩きつけると、七瀬は物言わぬAIに宣戦布告した。
やはり信じられるものは己の筆のみ――めらめらと燃える闘志と確信を胸に、彼女はサイトを開いていたタブを閉じると苦楽を共にしてきたテキストエディタを立ち上げ、メモ帳や資料を手元に引き寄せる。 よりよいものを作るために本文を最初から書き直すことにした七瀬は、もう一度プロットに目を通すや否や怒涛の勢いでキーボードを叩き、エディタに文章を打ち込み始める。 寝食も忘れてまるで何かに取り憑かれたかのように一心不乱にPCへと向かい、遂に空が白み始めた頃――。
「やっぱ人力最ッ高〜! AIなんていらんかったんや!」
渾身の一作を書き上げた瞬間、PCを前に一人で勝ち誇ってガッツポーズを決める七瀬の姿がそこにはあった。
なおその日は朝からエナジードリンクを飲む羽目になり、フラフラになりながらも必修の講義に出席すると教授から「なんか今日クマすごいけど大丈夫?」と聞かれたのは言うまでもない。
むぎの場合
一日の仕事を終えて自宅へと帰ってきたむぎは、着替えを済ませると早速机に向かう。 椅子に腰掛けて愛用のPCを立ち上げると、近頃同人字書きの間でじわじわと話題になっている「人工知能de小説家」のサイトを開いた。
彼女がこのAIの存在を知ったのは、長年同人活動を続けている『バトコア』のジャンルで親しくなったみつばのツイートがきっかけだ。 これを上手く活用すれば自分の遅筆も少し改善するかもしれない、そして何より書き手の少ない『バトコア』の二次創作を書いてもらえるかも――。 そんな淡い期待を抱いたむぎは、実際に触ってみて使い心地を試してみることにしたのだった。
有志の纏めた情報やP支部にアップされている「人工知能de小説家」タグの付いた作品、そして公式ページに記載された「書き方のコツ」などの見本を元に、彼女はキャラクターブック等の必要事項をてきぱきと入力していく。 一通りAIが参照する情報を打ち込んだ後、むぎはさっそく数行程度の書き出しの文を与えてみた。 数秒の間の後AIが導き出した文章は予想をいい意味で裏切るものだったようで、彼女は明るく弾んだ独り言を漏らす。
「うんうん、すごい! 思ってたよりもずっといい感じ!」
まずはお試し、ということで他に比べるとやや性能が落ちるという無料アカウント用のAIモデルしか使えないものの、キャラクターごとの口調も問題なく再現されている上に、会話の流れもごく自然に描写されていて申し分ない出来栄えだ。 さすがは最先端の技術、と人類の叡智にむぎは心の中で拍手を送る。
「ひょっとしたらこれで私にもみつばさんみたいな、ほのぼのとした明るくて可愛い文章も書けるかな……?」
人間にはそれぞれ得意不得意があり、自分と彼女を比べて悲観することはない――そのことはよく分かっているつもりだが、この機会にもう一度チャレンジしてみるのも悪くはないかもしれない。 ふとそう思ったむぎは、AIと交互に本文を書き出す形で執筆に取り掛かった。 人工知能が書いているとは思えないほどに活き活きとしたキャラクターや、情景が目に浮かぶような微笑ましい会話のやりとりに、むぎは顔を綻ばせる。
しかしそれも長くは続かず、徐々にAIが紡ぐ物語には暗雲が立ちこみ始めてきた。
「え、えっ? な、なんか最初に思ってたのと違うというか……。 ああ、それに何だか不穏な展開になってる気がする……!」
なんとAIによって生成されたのは、推しキャラクターであるKの悲痛なモノローグではないか。 それを目にして背中にどっと冷や汗を流したむぎは「これじゃいつもと変わらない」と慌ててタイプする手を止めて、もう一度公式サイトのヘルプページを隅から隅まで確認する。
「そ、そっか。 イメージするような文章が上手く出てこない場合は、自分の手で変なところを添削してあげなきゃいけないんだよね。 改行や空白を適度に挟んで場面転換するのもいいかも。 ……何よりこのまま修正しないでおくと、この後の展開も全部今の雰囲気に引っ張られて進んじゃうかもしれないし。 も、もう一度最初から読み直して、NGワードも追加して、バッドエンドに行き着きそうなものはなるべく排除しないと……!」
そしてAIが闇の深い道や断崖絶壁に迷いなく向かおうとする度に必死にその腕を引っ張って止めようとするかのように、むぎは生成される文章の添削、修正、誘導を繰り返した。 何度も何度も、数えきれないほどに。 そうして完成した作品を静かに映し出すPCのモニタを、彼女は肩をがくりと落とし、涙目で見つめていた。
「な、なんで……? あんなに頑張ったのに何がいけなかったの……? ど、どうしても……どうしてもKくんが死んじゃううぅ〜!」
とうとう人工知能にまで推しを殺されてしまったむぎの悲痛な叫びが、部屋中にびりびりと響き渡った。
九条と向井の場合
とある高校の昼休み。 他の生徒が足を踏み入れないのをいいことに、九条伊織と向井まりんの二人はいつものように屋上に設置してあるベンチに座り、膝の上に弁当を広げている。快晴の空の下で、二人は共通ジャンルである『バディキ』の今週の展開についての感想や、推しCPについて語ることに夢中になっていた。
「あ、ねえ向井、そういえばこれ知ってる?」
九条は飲んでいた紙パックのミルクティーを脇に置くと自分のスマートフォンを片手で操作して、とあるウェブサイトを開いてみせた。 スクリーンに表示されたページを向井はしげしげと覗き込む。
「え~、何これ? 『人工知能de小説家』……?」
「AIに小説書いてもらえるサイト! 見てて、ほら。 例えばこうやって文章を入れると……」
向井に画面を見せながらも九条は五行程度の短文をフォームへと入力して「続きを書いてもらう」をタップする。 数秒の間「人工知能の回答を待っています」の文字列が表示された後、続きの文章が出来上がったことに向井は驚愕したのか、喜びながら大声を上げた。
「は? 何これすごくね? 私より文章上手いじゃん! しかもめっちゃ萌える〜! ちゃんとSくんとTくんのセリフっぽいし、AI天才じゃん!」
興奮のあまり頬を赤らめてはしゃぐ向井の様子に、九条もうんうんと大きく頷いて満面の笑みを浮かべる。
「ね! すごいよね。 私最近ハマってるんだ! スマホで簡単に出来るし、自分にない発想もたくさん出てきて小説を書く練習にもなるし。 これ使って合作で小説書いたら面白くない? 向井ほら、私のスマホちょっと貸すから続き書いてみなよ」
そう言うと九条はスマートフォンを「はい」と向井に手渡した。 友人の突然の提案に少し戸惑いを見せたものの、彼女はすぐに真剣な表情で文章を入力し始める。
「じゃあこれでこうして……ど、どうなるかな?」
再び「人工知能の回答を待っています」の文字列が画面に現れ、心なしか向井は緊張した面持ちでそれを見つめている。 そしてAIが書き上げた続きの文章に、二人は同時に思い切り吹き出すこととなった。
「え〜! ちょ、ウケる! なにこれ~!」
「ヤバい〜、神過ぎ、超展開だわ!」
人工知能だからこそ弾き出したかもしれない、人間の常識に囚われない世界に九条と向井は涙が出るほどひとしきり笑った後、再び目を輝かせて画面を覗き込み、この後の展開について話し始めた。
「いくらなんでもこのまま残しとくとヤバいかな? いったん書き直してみる?」
「でもこれさ、消すのも勿体なくね? せっかくだし、あえて残しておくのどう?」
二人とAIの和気あいあいとした楽しい創作活動は、屋上に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くまで続いたのだった。
綾城の場合
今日も今日とてイクラ丼はいつものようにスマートフォンをスワイプし、にこにことしながらツイッターを眺めていた。 珍しくTLに綾城が浮上しているようで、先ほどからいくつかの日常ツイートを投稿している。 特にイクラ丼が気に入ったのは 『お絵かきAIに描いてもらったうちの猫です!』 という内容のツイートだ。 短い呟きに添付された4枚の画像は、恐らく綾城が時折アップしているブレの酷い愛猫の写真を元に生成されたのだろう。 どれもこれもが猫というよりはもふもふの宇宙人としか言いようのないものが描かれている、癒し系のイラストだった。
「フフッ……かわいい〜!」
何度見ても思わず笑ってしまい、彼女はそのツイートに「いいね」を押す。 しかし次の瞬間、綾城がTLに投下したひとつのツイートにイクラ丼は驚きのあまり目を見開き、声を失うことになった。
『こちらに応募した作品がこの度人工知能de小説家の文学賞を受賞しました!講評もいただいています』
綾城の文字通り「爆弾発言」としか言いようのないツイートを、しばらく呆けたように何回も頭から一字一句読み直した後、ようやくイクラ丼は絶叫を上げた。
「ん……? えっ? え……? えっ、えぇ、え……! うええぇええぇえええええぇ〜!」
「うわぁ、本当に載ってる……。 綾城さんすごすぎる……」
イクラ丼はひとしきり深呼吸して気持ちを落ち着けた後、真相を自らの目で確かめるべく件のページにアクセスした。 果たしてそこには綾城の名前とコメント、作品のタイトル、そして審査員の講評が書かれている。 それだけではない。 ページをスクロールして下部まで読み進めていくと、ある一つのお知らせが彼女の視界に飛び込んできた。
☆受賞作品の書籍化のご案内☆
「第一回 人工知能de小説家文学賞」を受賞された皆様、おめでとうございます。 今回、賞を受賞した作品は後日『「人工知能de小説家」短編集』(仮題)として書籍化を検討中です。 詳細は追って本サイトにて発表いたします。 今しばらくお待ちください。
イクラ丼の目は「受賞作品の書籍化」という見出しに釘付けとなっていた。
彼女から見て正しく「神」たる字書きである綾城が、二次創作という枠を超えて己の才能を惜しみなく発揮しただけでなく、更に人ならざる存在であるAIをも織り交ぜて産み出した一作、それが書籍化され世に放たれるという事実に冷静でいられるはずがない。 出版社は一体何を考えているのだ。 本当に作品を読んだのか。 綾城が紡ぐ物語は人の心を揺り動かすなんてレベルじゃなく地殻変動が起きるのだ、そんな物はもはや最終兵器にも等しいではないか――様々な感情がイクラ丼の胸に嵐のように吹き荒れる。
やがて彼女はたった一言、実にシンプルな欲望を口にした。
「その本……欲しい……!」
あとがき
まだまだ人工知能による文章生成は人間には及ばないとのことなんですが、自分で触ってみて書いてみたくなったので。「人工知能de小説家」の元ネタはもちろん「AIのべりすと」さんです。むぎさんも七瀬も扱いに苦労してますが、実際のAIのべりすとでは流石にNGワード入れたり色々ちゃんと設定すれば普通に書いてくれるっぽいので大丈夫です。これはあくまでギャグのお話なので……。
七瀬は秀才字書きなので、間違いなくAIに勝るものを自分の力だけで書き上げるだろうな~って思って書きました。
一方綾城さんなんですが、彼女はなんとなくお絵描きAIに色々やらせるのにハマりそうだな……って思って最初はそこだけおまけで書こうと思ってました。ただ、日参してるブログで「神はAIを使って更に高みへ昇ってしまう」という内容の記事があったので、今回はそういうifを書いてみました。ただ自分で言うのもなんだけど本編でそのへん何の言及もない今の時点で二次創作以外で神になっちゃう綾城さんもAI使う綾城さんも解釈違いだよ。