イクラ丼ちゃんがたまきさんのファンになる話

「あっ!たまきさん新作上げてる!」
お風呂上りにスマホを覗き、思わずはしゃいでしまう。
タオルであらかた体を拭き、着替えに袖を通し、ドライヤーをウキウキしながら準備する。
「さっさと髪乾かして、落ち着いてからゆっくり読も~!」


 私がたまきさんの作品と出会ったのはついこの間のこと。
たまきさんのメインジャンルは『金スト』、そしてなにより『銀のトリガー』こと『銀トリ』である。
『金スト』は今から約5年前に『月刊少年カイザー』で連載がスタートするやいなや、あっという間に人気に火がついて、 とんとん拍子で約1年後にはアニメ化も決定、いまや毎月の『月カイ』発売を金スト目当てで楽しみにしているファンが大勢いる ジャンル。
 オタクだったらまず「アニメを見たことや漫画を読んだことはないけど、作品名とおおまかなあらすじは知っている」くらいの知名度を誇っている。
 対して『銀トリ』は、金スト作者の16年前のデビュー作にして打ち切りの憂き目にあってしまった漫画。
多くの人が『金スト』は作者の初の連載が空前の大ヒット、漫画家として大成功、華々しいデビュー……。そう思っているが実は違う。
かくいう私もこの連載が初の作品だと思っていたものだから『銀トリ』があったことも知らず、まだ高校生だった当時、 友達と誘い合わせて脚を運んだ金スト原画展で最後に展示されていた銀トリ連載当時の原稿に2人して衝撃を受けたのを よく覚えている。
 探してみたら電子書籍があったので、さっそくDLして読んでみたらめちゃくちゃ面白くてハマってしまい、 単行本の現物がどうしても欲しくなった私は休日や学校帰り、はたまた電車を乗り継いだ先の塾通いの帰りに閉店間際の古本屋に 駆け込んだりもして、自分の行ける範囲で何軒も本屋という本屋を探し回りようやく手に入れた。 たった2冊の漫画本なのにも関わらず、揃えるのに数か月もかかってしまった。知名度が無いせいなのか、私の探し方が悪かったのかは 分からないが、悲しいことにネット通販では取り扱っているところが全く見つからなかったのだ。
 「こんな面白い作品なのに、どうしてたったの2巻で終わっちゃったの?!」
不思議でしょうがなかった。が、調べていくうちに段々とその謎が解け、自分なりに納得する答えが見つかった。
 今から16年前、銀トリの連載当時の『月カイ』は戦国時代さながら。 まさに今の金ストレベルの絶大な知名度と人気を誇り、今も根強いファンの居る看板作品がなんと2〜3本は同時に連載していたのだから 信じられない。
 その上、うちひとつの漫画は内容はアニオリとはいえ、知る人ぞ知るカリスマアニメ監督により劇場版作品も制作され、 しかもその公開時期が銀トリ連載終了時期と重なってしまっていた。 批評家からはアニメ史どころか日本映画史に残る傑作のひとつとまで評されたその作品は、原作ファンの間では賛否両論の嵐が 巻き起こったようで、今でもネットで検索すれば様々な批評、考察、解説ブログなどが即座に数十件ヒットする。 現在でもこれなのだから当時はさぞ映画の話題で持ちきりで、人気作品の影に隠れてしまっていた銀トリの連載終了を 話題にする人はほとんどいなかっただろう。
「これはもう……連載していた時期が悪かったんだなあ……」
内心ほろりと涙をこぼす。
 作者の先生が漫画を書くことを諦めずに再び金スト連載のチャンスに恵まれ、成功して本当によかった!
 当時の私はまだTwitterにアカウントを作っていなかったので、漫画やアニメについて語る相手は同じ学校の友達しかいない。 先生に見つからないように学校にこっそり漫画の単行本を持っていって金スト原画展に一緒に行った友達に貸して、 2人で連日熱く萌え語りを楽しんだのだった。


 時は経って現在。TwitterのTLにある情報が飛び込んできた。
「えっ、金スト3期のアニメやるの?!」
金ストクラスタがお祭り状態になっていて「#金スト3期」がトレンド入りまで果たした。
 金ストは月刊誌で連載している以上、どうしても毎週放送するアニメだと連載に追いついてしまうのは避けられない。 中にはアニオリエピソードを放送するアニメもあるが、金ストはシーズンごとに間を空けて放送する手法をとっていた。 2期の放送は2年前の2018年だったので、久々に感じる。
「うわーっ、めちゃくちゃ楽しみ、早く見たいなー!」
今年は『アスカレ』にもハマったけど、金ストアニメも楽しみ!
 そういえば綾城さんも中島さんも金スト二次を書いてたはずなんだよね、後で読んでみようかな。 そんなことを考えていた中で、TLで紹介された1つの作品。
「金ストもいいけど銀トリもいいよ~!あとこの人の銀トリ小説ほんとだいすき!」という一言と共にTLに支部へのリンクが貼られた。
「あ!中島さん銀トリも知ってるんだ!へー、銀トリの二次書いてる人っているんだ!」
綾城さんの7年前のアスカレの同人誌のデータを送っていただいて以来フォローしている恩人、 おけけパワー中島さんのツイート。それが私とたまきさんの銀トリ二次の出会いだった。
 ちょっとした場面描写、登場人物のしぐさ、セリフ回し―金ストと銀トリとの関連性を匂わせるような 独自の解釈を織り交ぜた内容など……どれをとっても銀トリや金ストを隅々まで読み込んでいることが ひしひしと伝わってくる、熱がぎゅっと詰まった作品群。
 銀トリの二次創作を読んだのはこれが初めてだった。こんな人がいたなんて全然知らなかった。 そもそもこの人、銀トリが中心みたいだし、金ストはそれに比べたら作品上げる頻度が少ないみたいだから、 たくさん作品上げている人がいる金スト関連の二次を新着順で探してると見つからなかったのかも!
「中島さん、本当にたくさんいい作家さん知っててすごいなあ~!」
私はたちまち、たまきさんの作品のファンになった。


 たまきさんはあまりTwitterで萌え語りをするようなタイプではないようで、フォローしているのも公式アカウントが中心だ。 時々ご飯やラーメンの写真をアップしたり日常ツイートをポツンとする傍ら、
「新作書きました!」のシンプルな一言とともに作品を投下していくたまきさんは、なかなか謎めいている。 そのせいかは分からないが、すごくいい作品を上げているのにも関わらず、Twitterでのフォロワー数も決して多くない。 しかしアップした小説の中には「金スト女性向け小説50users入り」タグが付くくらいブクマされているものもあり、 彼女の作品に魅せられている人がたくさんいることを示していた。
 たまきさんの作品から銀トリを知る人もいるようで、銀トリ二次は少ないながらも書き手が じわじわ増えているようだった。
 アニメ3期が始まるまでの間、アスカレと並行して再燃した金スト、銀トリを存分に楽しむ日々が続いた。


 「今日の金ストめっちゃ泣けた……やばい~、このシーン原作でも感動だったけどアニメでの演出もすごかったなあ……」
テレビの前で感動のため息が出る。まだ胸のドキドキが止まらない。来週まで待ちきれないよ~こんなの!
 ついに金ストアニメ3期が始まって、TLは毎回放送があるたびに実況が盛り上がり、「#金スト実況」や関連ワードがトレンド入りを 果たすことしょっちゅうだ。
 2期には原作でも衝撃の展開だったメインキャラクターGくんのまさかの死がアニメでも描かれ、原作履修済みクラスタはもちろん、 アニメで新しく入ってきた視聴者も、あまりにも突然の喪失に大いに悲しむこととなった。
 この3期はこのGくんの死を、Fくんをはじめとした仲間たち、そして登場人物に感情移入する視聴者がどう乗り越えていくかが問われる、 熱く切ないストーリーが待っている。これは絶対に見逃せない展開!膨れ上がっていくファンの数。金ストはますます巨大ジャンルになっていった。 もっとみんなの感想が見たいなー!そう思って熱冷めやらないTLをスクロールしていくと、1つのツイートが目に入った。
「3期のOP、これからの展開の伏線とか原作、過去作品の要素とかめっちゃ入ってるらしい。 このブログの解説見るまで気づかなかったし、そもそも金ストの前に『銀のトリガー』って打ち切り作品があることすら知らなかったわ」
え、そうなんだ。私なんか原作も銀トリも読んでるけど全然気づかなかった。スタッフのファンサービスほんとすごいな~!どれどれ。
 とあるアニメファンのブログへとリンクの貼られたツイート。10分ほど前に投稿されたばかりなのにすでに1000RT以上、 いいねは2000に届きそうな数。
「リプライ結構ついてる。やっぱ銀トリ知らなかったって人多いな~、でもそりゃそうかな……」
しかしこんな銀トリが話題になってるの見たことないな。なんか不思議。 リンク先をポチっと押して、件のブログへと飛んでみる。

『金のストレラ3期放送感想! オープニング映像に今後の展開を匂わせる伏線あり! 幻の打ち切り作品?!『銀のトリガー』って一体何?!』

 ブログの見出しはともかく、オープニング映像をコマ送りで見た際の様々な要素、オープニングの歌詞との関連に加え、 銀トリの大まかなあらすじ、キャラ紹介、金ストアニメ本編の感想など要点を踏まえてまとめられていた。 なるほど、確かに『銀のトリガー』を知らない人には衝撃の内容であることは間違いない。 「『銀のトリガー』原作が気になる人はこちら!」とご丁寧に電子書籍の紹介までしてある。
 みるみるうちにRTが増えていく。最終的にRT数は5000を超えていた。
「すごいなあ、まさかの銀トリが16年越しに注目を浴びるなんて……これでもっと銀トリ知ってもらって人気も増えるかも!」


 それから数日後、1件の銀トリ二次創作小説が支部に投稿された。 投稿したのは作品をあげれば一斉にブクマがつき、Twitterでも交流をたくさんしている金ストで大手の作家さんだった。
「え、え?!まさかのこの人が銀トリ二次書くなんてすごすぎ!」
瞬く間に閲覧数が増え、ブクマがつき、タグが追加されていく。ついに支部に「銀トリ女性向け小説50users入り」タグが誕生した。
 その小説の投稿を皮切りに、様々な人が
「銀トリ読みました!」
「電子書籍DLした」
「金ストも銀トリもめっちゃ面白い!」
などの感想をツイートするだけでなく、ファンアートや二次創作小説をアップし始めた。
 すごい、夢みたいな光景だ。 銀トリ二次を支部で一番最初にアップしたたまきさんも、少しずつ金ストや銀トリの書き手のフォローを増やし、 めったにしてこなかった交流や萌え語りツイートを今ではたくさんしているので、この一連の流れをすごく喜んでいるのが分かる。

「みなさんの銀トリ二次の新作がたくさん投稿されて読めるなんて嬉しすぎる~!ずっと銀トリで書いてきたのが報われた気がします!」

たまきさん、本当によかった……!

 しかし、1か月も経つとどうも様子が変わってきた。 原作が短いためか、次第に銀トリタグでアップされる小説もパラレルものやパロものが増えてきた。 それに必ずしもいい顔をしない人もいて、空リプや捨て垢で
「それ、もうそのキャラや銀トリでなくてもいいじゃん」
と言う人も現れた。さらにキャプションに銀トリ原作読んでません、の一言が添えられた小説までもがアップされ、 金ストクラスタ以外も含めてTwitter上でいわゆる「学級会」が勃発してしまい、TLがギスギスしてきた。

「原作読んでもいないくせに二次創作するとかありえないでしょ」
「金スト界隈しょっちゅう荒れてて草」
「古い作品だからとか言い訳にならねーだろ、電子書籍出てるんだから買えよ……」
「まーた腐女子が騒いでるのか」
「金ストこわ 近寄りたくないジャンルだわ」

飛び交うとげとげしいツイート。非難の応酬。ブロックした、された報告が相次ぐ。 私は主にROM専だし、アップされた作品に対してどうこう言える立場ではない。
 どうして?なんでこんなことになっちゃったの?
 答えてくれる人はいない。私には荒れるTLをただ眺めていることしかできなかった。

 あと2週間で金ストアニメ3期が終わる。「学級会」以来なんとなくぎこちないTLも、アニメが終わったらまた元通りに落ち着くかも しれない。アニメが終わるなんて考えられなかったはずなのに、頭の片隅でこんなことを思っている自分が嫌になる。
 はあ、とため息をつきながらTwitterを開く。今のTLは開催が決まっている金ストコラボカフェの話でいっぱいだった。

「メニューめっちゃかわいくない?!」
「グッズ絶対買う!!」
「抽選落ちた~;;行く人楽しんできて!」

久々にみんなが和気あいあいと楽しそうにしていて、ちょっとホッとする。
「私も応募したんだよね~落ちちゃったけど……。よかった~いつものTLにちょっと戻ったかな?」
しかし。わずかな違和感。あれ、これなんだろう。ふと自分のTwitterのホームを見る。フォロー数が1、減っている。
「ええっ嘘?!やばい!誤タップで誰かリムっちゃったのかな?!でもそんなはず……それとも」
誰かが、アカウントを消した?直感から自分の金スト関連の公開リストを急いで確認する。 まず綾城さんはいる、中島さんいる、柚木さんもいる……。リストに入れている人を順に確認していく。たまきさんは……。
「た、たまきさん……?そんな、う、嘘だよね……?見落としだよね!慌てすぎだよ!も、もう一度見よ!」
さて、気を取り直して!落ち着け、綾城さんはいる、中島さんいる、柚木さんもいる……。いる。いる。たまきさんもこの流れならいる。たまきさんは……。たまきさん……。たま……。た、た、た……。
「い、いない」
いない。たまきさんが、いない。
 どこからどう見ても、更新してみても、たまきさんのアカウントは見つからない。
 一瞬、頭が真っ白になった。
 なんでこんな急に。何も言わずに。やっぱり最近のTLの雰囲気が嫌だったのかな。 匿名で変なメッセージ送りつけられたとか?!それともジャンル移動?!
 心配になって支部も見に行ったところ、支部のアカウントも消してしまったようで、確かにブックマークしたはずの作品は今や「削除済みもしくは非公開」 という、冷たい灰色のサムネイルを映し出すばかりだ。
 綾城さんの時みたいに足跡を追うにも、今はSNS全盛時代。たまきさんはTwitterと支部しかやってなかったはずだ。 仮に移動先を特定しようにも、ツイート頻度の少なかったたまきさんを、無限とも言えるSNSアカウントの日常ツイートから 特定するのは結構至難の業かもしれない。それにただの一時的なツイ減目的やジャンル移動によるアカウント削除ならまだしも、支部のアカウントまで消してしまったのは気になる。 もし変な嫌がらせとか受けてて、二次創作そのものもやめちゃってたらどうしよう……!
 中島さんをはじめとして、たまきさんの不在に気づいて心配していた人もいたけれど、次第にいつもの TLに戻っていった。
 しかし私のため息は止まらない。心配だなあ。でも会ったこともない、ネット上の片道フォローの人でしかないはずなのに、 気にし過ぎなのかなあ……。
「はあ……」
漠然とTwitterを開いたままボーッと何をツイートするでもなくスマホを見つめ、今日何度目かのため息をついていた その時。ブブ、と通知が鳴る。
「ライン?何だろ」
Twitterでも相互になっている、高校時代からのリア友からラインが飛んできた。

「金ストカフェ抽選当たったよー!!イクラちゃんTLで落ちたって言ってたけどよかったら一緒に行かない?!」

「え?!すご!!当たったんだ?!」

「行く!!ありがとう!!めっちゃ嬉しい!!」というメッセージと共に笑顔と号泣の絵文字やスタンプを飛ばす。 さっそく2人で当選した時間帯を確認し、待ち合わせ場所と時間を決めていく。さっきまでもやもやしていた気持ちが 少しずつだけれど晴れていく気がした。 たまきさんがアカウントを消してしまったのは寂しいけれど、この先ずっと暗い気持ちでいるわけにもいかない。 誘ってくれた友人には本当に感謝した。

 あっという間にコラボカフェに遊びに行く日がやってきた。この日は奇しくも金スト3期アニメ最終回。 リアタイできないねえ~、なんて残念そうに言いながらも、久々にカラオケで2人で萌え語りをして備え付けのモニターの大画面、 大音量で持ち寄ったDVDを流したり、ゲーセンで推しのプライズを手に入れるべくUFOキャッチャー相手に奮闘したり、 充実した時間を過ごした。
 そろそろ私たちの予約の時間に差し掛かる。ゲーセンを後にし、戦利品のプライズが入った袋をぶら下げてコラボカフェ実施店舗へと 向かう。
「今日は誘ってくれてほんっとありがとう!コラボカフェ楽しみだな~」
「イクラちゃん抽選落ちたって言ってたツイートの日ちょっと落ち込んでたもんね~、ほんと当たってよかった!」
「あ、あはは……!」
落ち込んでた理由は本当は他にもあるんだけどね! さすがにリア友に「片道フォローの好きな作家さんがTwitterと支部のアカウント消したから落ち込んでた」なんて話すのはちょっぴり恥ずかしくて言えない。 2人で話しながら歩いているうちにお店に到着した。
 すごい、女の子でいっぱいだ……!みんな、注文するメニューを列に並びながら楽しそうに確認している。
「ねえイクラちゃん何頼むか決めた?記念に写真撮りたいしなるべく別々のモノ頼んだほうがいいかな~って思うんだけど」
「あ、じゃあ私これ頼んでもいいかな?!Fくんのイメージドリンク!」
私たち2人も夢中になってメニューを確認しているとあっという間に列が動いて順番が回ってくる。 友達がスマホの画面を見せ、スタッフさんに本人確認をとると席に通される。
「人が多いとは聞いてたけどやっぱさすが金ストだね~、滞在時間1時間限定って……」
「時間制限する場合ありって聞いてはいたけどね~、 1時間でご飯とドリンクとデザート食べなきゃだもん。短時間でそんな食べられるかな?!」
「Twitter見てると実際食べきれなかった人とかもいるっぽいし気をつけよ……」
「コースターランダムだし、推し狙うならデザート食べたかったけど諦めて代わりに ドリンクもう1種類頼んだほうがいいのかな?」
「待ち時間でグッズとかも買わなきゃだしね~、交代で買おう」
「オッケー、じゃあ私待ってるから先買ってちゃって!」
 先に友達がグッズを買いに行ったので、待っている間に店内の様子を眺める。 コラボカフェだけあって金ストのアニメポスターが壁に所せましと貼られ、このコラボカフェのための声優さんの特別メッセージが 店内に響く。設置されたテレビからは金ストの映像がエンドレスで流れ、雰囲気に圧倒される。
「はあ……ほんとすごいなあ……来れてよかった……」
思わず独り言を言った、つもりだった。その独り言が2人分重なるように聞こえて耳を疑う。
 え、と思って声の発生源の方を振り向くと、1人で来ているらしいボブヘアのお姉さんと目が合った。 まさかのお隣の席のお姉さんとのシンクロ。お姉さんもびっくりした顔で固まっている。
「あ、ど、どうも……」
お互いなんだか気まずくなって軽く会釈をする。うわーなんかすごく恥ずかしい! どうしようこれをきっかけに会話を続けるべきなのかな?!
「あ、あの、よければこれ次見ます?」
「え?!あっはいありがとうございます?!」
向こうも同じこと考えてたのかな……。なんだかよく分からないままお姉さんの差し出したノートを受け取る。 何だろこれ。パラパラとめくっているうちに友達が戻ってくる。
「ただいま~、あれイクラちゃん、それなに?」
「ん~、いま隣のお姉さんから貸してもらって……うわすご!」
それはコラボカフェ来店客の交流用ノートのようだった。 1ページ1ページに金ストへの愛、感想、作者やアニメ製作スタッフへのメッセージが時折ボールペンで描いたであろう ファンアートと共に綴られている。中にはフォロワーが何千人超の絵師さんと思われる人のメッセージまである。 手書きのアナログなメッセージはそれだけですごく熱が伝わってくるようで、見ているこっちもワクワクする。
「うわほんと、めっちゃすご……」
「せっかくだし私もなんか書こうかな、ペンあったっけ……あ、よかった~。あったあった」
鞄をガサゴソと探りボールペンを取り出し、ノートに書き込む。 金ストが大好きなこと、原画展で銀トリに出会ったこと、最近銀トリ好きになったひともたくさん出てきて嬉しかったこと。 今の自分の思いを綴り、アニメ4期も楽しみにしています、という言葉で締めくくる。 ついでに絵は苦手だけれども頑張って金ストからのFくん、銀トリからのAくんをデフォルメっぽくして描いて添えてみた。 ぜ、全然似てないけど愛は込めた!
 そんなことをしているうちに店員さんがお待たせしました~、という明るい声と共に食事とドリンクを運んできた。
「うわーっきたきたきたっ!!写真!写真撮ってあげよ!!」
「やっばいテンション上がる!!」
お互いに運ばれてきた料理を写真に収め、友達とコラボカフェ来ました!と投稿しようとTwitterを開くと、 ざわついてるTLが目に入る。
「あーそっか、今ちょうどアニメ終わった時間だ!え、なに、公式アカウントからの重大発表……?」

「『金のストレラ』画集発売決定!さらに『銀のトリガー』も復刻!」

「えっ……えっ?!ええ?!は?!」
自分の目にしているものが信じられない。金ストの画集はもちろん嬉しいけど、ぎ、銀トリの単行本を復刻?! 夢じゃないんだろうか。周りに人がたくさんいるのに思わず友達とはしゃいでしまって喜びを隠せない。 ふとたまきさんのことを考える。たまきさん、このこと知っているんだろうか。知ったらどう思うかな。 嬉しく思うといいなあ……。

金スト最終回、そして銀トリ単行本復刻の衝撃から1週間ほど経った日、たまきさんはTwitterに帰ってきた。

「仕事が忙し過ぎたのと、個人的にちょっとやることがあってしばらくTwitter断ちしてました!」

「はあ~っ!たまきさん帰ってきた……よかった~元気そうで!」
私の心配も杞憂に終わって良かった。たまきさんの無事の帰還に中島さんも爆速で反応している。す、すごい。 たまきさんのツイートはさらにこう続いていた。

「銀トリ復刻の知らせを受け、私が二次創作を始めたときの初心に立ち返って自分の作品発表の場を支部以外に 作りたいなと思い、WordPressで銀トリと金ストメインのサイト立ち上げました! 興味のある方はぜひよろしくお願いいたします」

「たまきさんサイト作ったんだ!?じゃあ支部の作品も全部こっちに移動したのかな?」
綾城さんが個人サイトから支部とTwitterに移行したのとは対照に、たまきさんは支部からサイトに移行したみたいだ。 サイトには今までの作品や新作以外に日記も設置してあり、金スト3期のアニメ感想も含めてここ最近のたまきさんの活動が記されていた。 日記にはちょうど1週間ほど前にコラボカフェに足を運んだこと、またその日に銀トリ単行本復刻の話を 知って歓喜したことも書かれていた。
 それにしても、たまきさんがコラボカフェ行ったって書いてる日、私たちが行った日と同じ……?
 ―あの時のお姉さんがたまきさんだったりして、な~んてことはさすがにないかな。
 何にせよ、たまきさんが二次創作をやめるどころか、新しく活動の場を設けてくれたことが嬉しい。 さっそくサイトをブックマークし、メッセージを送ることにした。 マシュマロやweb拍手とはちょっと違う気がしてなんだか緊張もするけど、ワクワクもする。

「たまきさん、こんにちは。支部で作品を読ませていただいていました。サイト開設おめでとうございます! またこうしてたまきさんの作品を読めることがとても嬉しいです!」

 ―ドキドキする心音のリズムとシンクロするかのようにキーボードを叩く。
 大好きな作家さんが楽しく創作活動をしていることに、喜びを感じながら。


あとがき

読んでくださりありがとうございました。
今回のSSは「イクラ丼ちゃんは色んな人の作品読んだり楽しんだりするみたいだし、もしかしたらこういうこともあるかも……」って思ったのと、私がたまきさん好きなので たまきさんへのラブレター書きてえ~って思ったのがきっかけです。
最初はたまきさんは最近出てきた期待の良作家みたいに書くつもりだったんですが、0件ジャンルの話が4年前の出来事って分かってからはコアなファンがついてる 作家さんに成長したたまきさんを書こう!と意気込みました。書けてるかは知らん。私の趣味です。 比較的短い話をサクサク書けたかなってなります。またまたちゃんと完結させたぜ。起承転結弱いかなってのが反省点ですが、まあ最初のうちは書きあげるのが正義、ということで。
これ書くにあたってたまきさんのエピソード読み返してたんですけど、これでたまきさんのお話が2016年のことって気づいて度肝を抜かれました。 今までジャン神の時系列まとめてる人見てすげえな~どこで分かるんだろ?って思ってたけど原画展のお知らせ見てるシーンに2016年って書いてあるんですよ! 単行本見てて初めて気づいたわ!!
そうすると自然と柚木さんのエピソードもその前後になるというか、「金ストのアニメが始まってから私のフォロワーも増えたけど~」 発言とか金ストジャンルで書き始めてそろそろ1年、ってことは連載はそれ以前の2015年付近からスタート? で金ストアニメが2016年開始?で原画展が2016年ですよね。
時系列まとめみたいになっちゃいますがアスカレ同人誌の話が2020年とするとそっから7年前だと綾城さんが虚崎さんと名乗っていたJK時代が2013年、 銀ストが2016年時点から数えて12年前の漫画なので、2004年~連載のはず。
中学生のときにアスカレのアニメやってたという発言からおそらくイクラ丼ちゃんが大学2年くらい? そして綾城さんの移動ジャンルはアスカレ(虚崎時代)→戦クラ(有島時代)→金スト(綾城と名乗り始める)→ハイブレ→KTG(本編1話?) という感じなのかな。
金ストと銀トリの事情については趣味でめっちゃくちゃ捏造をしてしまった。月刊カイザーはなんとなくガンガンとか少年エースみたいなイメージがありますね。 現実では全然一般向けっぽくねえ雑誌だなあ。よくこんな雑誌から大ヒット漫画が出たな。ハガレンとか進撃の巨人とかに近いのか?
銀トリがなぜめちゃくちゃ知名度が低いか?ということに好き勝手設定付けてしまったんですけど銀トリのライバル漫画については色々な漫画やアニメの メディアミックスのごった煮みたいなことを書きました。