九条伊織の回想、または如何にして彼女は腐女子になったか

「ね~、そういや九条ってどうして腐女子になったの?」
「え?」
放課後、いつものようにファミリーレストランで談笑しながら二人で小説を書いていた時のこと。 私の目の前に座ってコーヒーフロートを飲んでいた向井が、ふと思いついたかのように問いかけてきた。
「なに急に」
「いや、なんとなく……ってのもあるけど、九条って普段は真面目じゃん。 ぶっちゃけあんまりマンガとかも好きそうには見えなかったしさ~」
興味津々といった様子でこちらを見つめる向井の言葉に「そりゃまあ隠してたしな」と思いながら、私は切り分けたパンケーキをフォークでぷすりと刺しては口に運び、もぐもぐと頬ばる。 ふわふわの生地とメープルシロップの甘さに舌鼓を打ちながら、記憶の糸を少しずつ手繰り寄せていった。
「ん〜……、まあ半分くらいお姉ちゃんの影響かな? あ、私が小学生の時だったんだけどね……」


「お姉ちゃーん! ねえねぇ、読みたい漫画あるんだけど、ちょっと貸してくれる?」
「おわああーッ?! ……ちょ、ちょっと伊織! 『ノックくらいしろ』っていつも言ってるじゃん! あ~もう、ビックリした」
「いや、したけど……」
まただ。 姉の反応に私は思わず溜息をつきそうになる。 私が部屋に入るなり、彼女は机の上にある何かを慌ててサッと隠すような動きをしたのだ。
「ホラ、これでしょ? 汚したりするなよ~」
「うん。 ありがと」
 笑顔で私に漫画本を手渡すと、姉はパタンとドアを閉める。 ゆらゆらと頭上で静かに揺れる可愛らしいウサギのドアプレート、そしてセロテープで四隅を留めた張り紙が目に入る。 『作業中~勝手に入るな!~』と画用紙に乱雑な字で書かれたそれをしばらく見つめてから、私はようやく自分の部屋へと戻った。
 中学校に通うようになってからというものの、どうも姉の様子がおかしい――それが最近の私の悩みのタネだった。 彼女は小学生の時まで、しょっちゅう可愛いイラストや面白い漫画を描き上げては、私や母に得意になって見せていたものだった。 私はそんな姉が大好きだったのに、中学生になってからの彼女は部屋に遊びに行くと何やらパッと絵を隠したり「見ちゃダメ!」と真っ赤になって怒るのだ。 理由を聞いてもいつも歯切れが悪く、「見せられる出来じゃないから」だの「これは失敗作だから」だの、しまいには「とにかく何が何でもダメ!」の一点張り。 一度だって納得のいく答えが返ってきた試しがなかった。
「どうしてだろう……」
 やっぱり気になって仕方がない。 せっかく姉が貸してくれた漫画本の内容も、あんまり頭に入らなかった。 時計を見ると午後五時近い。 好きなアニメでも見て気分転換でもしようかな、と思って私はテレビのあるリビングに降りることにした。


「ただいま~」
「あ、お母さん! おかえりなさい!」
お気に入りのアニメが次回予告のコーナーへと差し掛かったころ、買い物から戻った母がリビングへとやってきた。
「伊織? そろそろ夕飯作るから、一旦テレビ消しなさい。 それと二階行ってお姉ちゃん呼んできて。 ご飯作るの手伝ってもらわないと」
「はあい」
 テーブルに買ってきた食材を並べている母の言いつけに従って階段を上り、私は早速姉の部屋へと向かった。 スリッパの音がパタパタと廊下に響く。 さっきも言われたばかりだしノックしてから開けないとうるさいからな、と思いながら再びドアの前に立った。
「お姉ちゃーん? お母さんが『ご飯作るの手伝って』って言ってるよ〜」
こんこん、と軽い音と共に扉を叩いて要件を告げるも、返事はない。
「お姉ちゃん? 入るよ~」
 言われた通りノックはしたし別にいいよね、と開き直って中に一歩、足を踏み入れる。 相変わらず制服や寝間着が脱ぎっぱなしで床とベッドに散らかっているが、肝心の姉の姿はない。
「トイレかな……」
 ひとまず戻ってくるまで待っていよう――そう思った時、あるものが私の目に飛び込んできた。
「あ! お姉ちゃん、やっぱりお絵描きしてる!」
なんと姉の描きかけのイラストが机に置いたままになっているではないか! この数か月、未来の売れっ子漫画家である姉の作品を見ていない私にとって、これは絶好のチャンスだった。 もし戻ってきた姉に何か言われても「見てないもーん」と知らんぷりをしてしまえばいいのだ。
 ――そして、止せばいいのに私は姉の勉強机へと近づき……、とうとう、その絵を見てしまったのだった。


「い、伊織! お前まさか私の……絵……」
壊れるのではないかというぐらい乱暴にドアを開け、姉は真っ青な顔でバタバタと部屋に飛び込んできた。 しかし、悲しいことにもはや何もかもが手遅れだったのだ。
「お……おねえちゃん……? こ、この絵……なに……? このキャラ、あのアニメの主人公とライバルの男の子だよね……? な、なんで、その二人がはだかで抱きあって、き、キスしてるの……?」
「おぎゃああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」
件のイラストを手に呆然と立ち尽くす私の姿を見るや否や、姉は凄まじい奇声を上げる。 そして何やら叫びながら私の手から絵をひったくると、ビリビリに破いた上にグシャグシャと丸めてゴミ箱に思い切り勢いをつけてシュートした。 超! エキサイティング! とか言っている場合ではない。 目の前で行われたあっという間の出来事、そして肩で息をする異様な姉の様子に私は「ヤバいマジで見ちゃいけないものを見ちゃったんだ」と、本気で怖くなってしまった。
「あ……、あは……! あ、あのさ、お姉ちゃん……。 わ、わたし何も見てない……何も見てないから〜〜~~〜!!」
「嘘つけ!!!!! おい!!!!!! コラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 待て伊織ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


「まあでも、その後は坂を転げ落ちるように腐女子になっちゃったよね」
「へえ~、そんなことがあったんだ〜」
思い出したら半分どころかほぼ全部お姉ちゃんのせいだった。 今の自分はきっと遠い目をしていることだろう。 一方の向井はうんうんと頷きながら呑気にプリンを頬ばっていて、口からは思わず乾いた笑いが出た。
「でもなんかいいよね。 二人とも仲良くてさ」
「うん! まあちょっと……いや正直かなり……だらしないとことか、情けないとこもあるけど……。 私さ、お姉ちゃんのことずっと昔から大好きだし、尊敬してるんだよね。 ……あ、ごめん。 なんか通知来てる」
テーブルに置いていたスマホがブー、と音を立てて震える。 なんだろう、と思って手に取って画面を見ると姉のツイートが目に入った。

『妹がバディキのオンリー出るんだってさ〜 ジャンルの人よかったら行ってあげて笑 [@0307ioio 冬のバディキのオンリーのスペース確定しました! H23です! STで出ます! ]』

「ぎゃあ〜! お姉ちゃん引用RTで告知するのやめて~! 何か恥ずかしい〜!」


あとがき

伊織ちゃん可愛い!って気持ちで書きました。あんな自分のことを優等生って言っちゃう彼女はなんで腐女子になっちゃったんだろう?って思うんだけど、お姉ちゃんの存在が明らかになって「なるほどね」って勝手になっちゃって出来ました。伊織ちゃんのお姉ちゃん、大手絵師、汚部屋の持ち主、ピアスバチバチ、酒も煙草も嗜むナオンなとこがマジで良すぎる。将来メーターとかになって欲しさあるけどこういう人、今の世ならコミッションとかで稼げる気もするよな……。
あと伊織ちゃん大手絵師の妹とかいろんな人に羨ましがられそうだし多分本編でお姉ちゃんにアカウントも割れたからTwitterで姉妹の絡み見せてくれねえかな……ないかな……。イベント近いのにファミレスで小説書いて遊んでる場合か?って突っ込まれそうだけど伊織ちゃんは多分原稿きちんと予定立てて書けるだろうし余裕でしょ……と思いたい。
久々の一人称作品なんだけれど、今回のお話はこっちの方が書きやすいかな~っていうのと、久々にジャン神で一番最初に書いたSS作品=人生で初めてちゃんと完成させたSS作品を読み直してみて、「この時手探りだけどもっと自由に書いてた気がするな~」って思って初心に戻りたくて書いてみた感はあります。