『恋は甘いかしょっぱいか』

——やらかした。
「はああ……。どうすんだよ、コレ」
 目の前にあるアップルパイに、ナックルズは頭を抱えていた。こんがりとした焼き色に、バターの香り。ツヤツヤと黄金に輝くパイは、どこから見ても涎が出るほど美味しそうだ。しかし彼にとって、これはとんでもない失敗作だった。なぜならば——。
「まさか、塩と砂糖を入れ間違えちまうなんて……」
 ナックルズは不器用な男だが、料理の腕にはすこぶる自信があった。なにしろ彼は生まれた時から、ずっとエンジェルアイランドで一人暮らしをしているのだから。それにも関わらずこんな初歩的なミスを犯してしまった事実に、ナックルズのプライドはいたく傷ついていた。よりによって見た目も匂いも完璧なだけに、ダメージもひとしおだ。
「や、やっべえ! とりあえず、先にキッチンを片付けて、早くなんとかしねえと!」
 ナックルズは壁にかかった時計を見て、ますます焦るばかりだった。あと五分で恋人であるシャドウが家に来る時間なのだ。今日のデートのために、彼が好きなコーヒーまで準備して、焼き立てのパイと一緒に出迎えようと考えていたのに——。塩の塊を放り込んだフィリングのせいで、全てが台無しだ。
 失敗の原因は明らかだった。いつもは三温糖を使っているのだが、つい先日、町に下りて買い出しに行った際には売り切れていたのだ。不精をしたナックルズは、白砂糖を買い物かごに入れてしまった。その結果がこの有様だ。
「ああ、いつものヤツを他の店で探して買っとけば……。そもそも、今日に限ってどうして味見しなかったんだよ……。仕方ねえ、シャドウにはきちんと謝るとして、これは全部俺が食べちまおうかな……。も、もしかしたら案外悪くねえかも!」
 今更後悔をしてもどうにもならない。一縷の望みをかけた彼はアップルパイを切り分けていき、恐る恐る端っこを齧ってみた。しかし、現実は非情だ。予想を上回る塩辛さに、ナックルズはパイを吐き出しそうになった。
「げっ……! ダメだ! こんなもん、とても食えるワケがねえ!」
——もったいないが、このパイはもう捨てるしかない。そう決意したナックルズの背後から、聞き慣れた声がした。
「なんだ。僕が来る前につまみ食いしているのか?」
「お、おわーっ! シ、シャドウ? お前、いつからそこにいたんだよ!」
 驚くナックルズを見て、シャドウは肩をすくめた。
「ついさっき着いたばかりだ。ドアには鍵くらいかけておけ。しかし……。そのアップルパイ、君が作ったにしてはよく出来ているじゃないか」
「で、でもそれ、失敗して……」
「失敗?」
 訝しんでいたシャドウも、傍らにあるパイを頬張ると、眉を顰めた。
「……ふむ。なるほど」
 どうやら、彼は一口で全てを察したようだ。ナックルズは恥ずかしさのあまり、顔から火が出る思いだった。
「……捨てろよ、それ。マズいし、しょっぱいし、体にも悪いぞ」
「味はともかく、食べられないものは入っていないんだろう。……それに、僕は究極生命体だ。何を食べても死にやしないさ」
「お、おい、シャドウ!」
 ナックルズが止めようとしても、シャドウは平気な顔だ。皿の上に乗ったアップルパイを、彼はあっという間に平らげてしまった。
「やれやれ。次に作る時は、もう少し注意をすることだな」
「うっ……。わ、分かってるよ……」
「さて、口直しをするとでもしよう」
「え?」
 戸惑うナックルズに、シャドウがそっと唇を重ねる。深くて甘いキスに、ナックルズの顔はリンゴよりも赤くなった。



あとがき

サロンドピクリエ5に参加する際に無配として書いた作品です。
これはもともと、シャドウが「レシピ本を見ればこんなもの誰でもできる」って豪語して慣れない料理に挑戦するも、失敗してしまい、ナックルズが文句言いながらも全部食べる、というプロットで書いてたものになります。ただ、色々考えて書き直した末にオーソドックスに「受けが料理に失敗しちゃう」話に落ち着きました。めっちゃ歯の浮くような話になってしまったけど気に入ってはいます。この後にまた果物繋がりの話を書いたのですが、意図せずシリーズものっぽくなってしまった。でもまあそれはそれで面白いかなと。
ちなみに無配のPDFデータは「ご案内」または「同人・オフライン情報」からリンクしているBOOTHからDL可能です。(2026.7.24掲載)