興奮に満ちたサーキットを、トラベルリングを通過したマシンが次々と駆け抜けていく。アーバンキャニオンでのレースはいよいよ大詰めだ。レーサーたちを応援するコーラスと手拍子が峡谷にこだまし、美しいハーモニーを奏でている。先頭を走るのは、ソニックが搭乗しているスピードスターライトニングだ。最高速度に達した青い稲妻には、もはや敵などいない。
「よし! このカーブを曲がり切ったら……あと五〇〇メートルだ! ここでブーストして……!」
アクセルペダルを思い切り踏み込み、インコースを攻める。接触や進路妨害によってなんとか前に出ようとする機体を華麗にかわしながら、ソニックはゴールに飛び込んだ。他のマシンも続々と彼の後を追う。最後の一台がフィニッシュラインを超えると同時に、観客席のスクリーンがレースの結果を映し出した。
「ま、結果は当然……って、二位?」
驚愕のあまり、ソニックは目を見開いた。勝利を確信していたというのに、順位表の一番上には彼の名前ではなく「シャドウ」の文字が表示されていたからだ。
「おいおい、どういうコトだよ? スクリーンの故障かなんかじゃないの?」
彼の独り言と、スタジアムのどよめきとに答えたのか、映像がリプレイに切り替わる。ゴール前に設置されたカメラは、最後の一瞬、ほんの僅かな差で彼のマシンを追い抜く影を捉えていた。シャドウの操るダークリーパーだ。先頭集団が激しく競り合う中、大外回りでフィニッシュラインを突き進んでいく。その姿はまるで漆黒の彗星だ。鮮やかな逆転劇を目の当たりにしたスタジアムは、大歓声に包まれた。映像を見る限り、ショートカットを狙って路肩に入った時の減速が勝負を分けたのだろう。
「どうやら、僕の勝ちのようだな」
「ぐ……」
ソニックが歯噛みする一方で、シャドウはマシンから颯爽と降り立ち、グローブを嵌め直している。あと一歩で勝利を逃したことに悔しさがこみ上げるが、負けは負けだ。ソニックは表面上、おどけて笑顔を作ってみせた。
「ま、今日のとこはお前に一位を譲ってやるよ。次に勝つのはオレだけどな」
「次だあ? 今のレースは充分勝てたはずだろ!」
「げ」
後ろから聞こえた声にソニックが振り返ると、ナックルズが仁王立ちしている。眉間に皺を寄せて。なにやら随分とご立腹のようだ。
「よ、よおナックルズ! さっきのオレの活躍見ててくれた?」
「ほー。『活躍』ねえ? ああ、観客席からばっちり見えたぜ。ドリフトしようとするたびに壁にぶつかりまくってるところも、ぜーんぶな。それに何だ、ありゃあ? ゴール直前で路肩に入るやつがあるか!」
「それは、ウィスプのブーストを使ってショートカットしようとして……」
「だからお前は脇が甘いんだよ。それでもこの俺のライバルか? まったく、情けねえ!」
こうなったら最後、ナックルズの小言は止まらないということをソニックはよく知っていた。なにしろ彼とは長年の付き合いになる「友達」なのだ。もっとも、本人はいまだに「ライバル」を自称しているが。
「あーもう、いいじゃん別に。二位だってそんなに悪くないだろ。だいたい『今回は残念だったけど、次は頑張ってね♡』とか言ってくれないワケ? オレとお前の仲なんだしさ」
「なっ……! い、言うワケねーだろ、このバカ! エミーでもあるまいし」
「ホント、可愛げのないやつ」
口ではそう言いながらも、ソニックはナックルズの真っ赤な顔を見てニヤニヤしていた。ちょっとウィンクしてからかうだけで、すぐムキになるところは昔から変わらない。
「悪かったな、可愛げがなくて。だいたいお前のことだからずっと前の方を走ってて油断したんだろ。そういうところが……」
「彼の言う通りだな。それと、少しは後ろも確認したほうがいいんじゃないか? ……いや、君にはそんな余裕もないか」
シャドウの言葉が二人の会話を遮った。そればかりか、横からさりげなく、しかしどこか強引に彼らの間に割り込んできたのだ。シャドウの行動が気に障ったのか、ソニックは眉を顰めた。
「どういう意味だよ」
「別に。僕はただレースの話をしているだけだ。……さて、ナックルズ。次のチーム戦には君もエントリーしていただろう? レースパークはこのアーバンキャニオンのスタジアムからはすぐのはずだ」
「お、おう……」
ナックルズは首を傾げながらも、シャドウに促されるまま、レースパークの方へと歩いていく。その光景に、ソニックの胸は何故かざわざわとした。
「おいおいおい、ちょっと待てよ!」
「なんだ、まだいたのか? 君は」
「いるよ。次のチーム戦って上位入賞者なら参加資格があるだろ? オレも行くの」
三人で肩を並べてレースパークに向かう間にも、シャドウはナックルズの隣の位置をキープしている。一分の隙も無い。今のソニックにとっては、コースのど真ん中を走るモンスタートラックよりも邪魔だった。
「あー疲れる……。なんでレースの後もこんな思いしなきゃならないんだよ……」
「ん? 今なんか言ったか? ソニック」
「いーや、なんにも……」
「ところで、レースといえば……。なあシャドウ、あんなに追い上げるなんてやるじゃねえか! 二周目の終わりくらいまでずーっとドベだったのによお。何か秘策でもあるのか?」
ナックルズのことだ、いつの間にか肩に置かれているシャドウの手など、すぐに振り払うだろう。ソニックはそう思っていたが、一向にその気配はない。彼は先程のレースの結果と「秘策」とやらに夢中のようだった。普段は口数の少ないシャドウも、今日はやけに饒舌だ。
「あったとしても、簡単に教えるわけにはいかないな。まあ万が一、君が僕に勝てたら考えてやってもいいが」
「ふうん、随分と勿体ぶるじゃねえか。いいぜ、その勝負受けて立つ! 絶対に勝ってみせるぜ!」
「その代わり、君が負けたら……」
「負けたら……?」
ナックルズはごくりと唾を呑み込んだ。シャドウの手が、そっと彼へと伸びる。
「な、何だよ?」
「……トロフィーだけでなく、君もいただいていく」
シャドウの囁きは、ソニックの耳にも届いていた。至近距離からの爆弾発言に、ナックルズはすっかり固まっている。きっとその頬は燃えるように火照っているだろうに。その熱に触れているのが自分ではないという事実が、ソニックにはどうしようもなく腹立たしかった。シャドウの指先がナックルズの髪を、顎を、そして最後に唇をなぞる。彼はそこでようやく我に帰ったのか、慌ててシャドウの手を振り払った。
「てめえ、この野郎! お、お、俺の動揺を誘って勝とうだなんて汚ねえぞ!」
「ふん。なんとでも言えばいい。僕は目的のためなら手段は選ばない。……よく覚えておくことだ」
シャドウは挑発するような笑みを浮かべ、ソニックの方を振り返る。その言葉にようやく彼は自覚した。己の独占欲を。ナックルズへの片想いを。
「……なあナックルズ。次のチーム戦、絶対に勝てよ」
「当たり前だ! お前に言われるまでもねえ!」
ナックルズは拳を高く突き上げた。澄み切った青空と白い雲の下、エンジンの音が響き渡る。もうすぐ次のレースが始まろうとしていた。
あとがき
本当は「いよいよレジェンドコンペ始まりましたね~」って言いながらコンペ開始当日にアップする予定でした。残業に全て破壊されました。ていうかソニ→ナコ要素のあるタイプの話、すっげえ久々に書きました……。書いてる人間がシャドナコの人間なのでアレな感じですけど……。
この話では今のところソニ(→←)ナコだけど相変わらず喧嘩はしょっちゅうするし、ソニックはナックルズのことすぐからかうし、「友達以上恋人未満」の関係。でもそこにシャドウ→ナックルズの要素を入れたらどうなるよ、という短編を書きたかったやつ。個人的にはまあうまく昇華できたんじゃないかなとは思います。できるだけ本編のレーシング要素を拾うのも頑張りました。マジでこれ書くためにアーバンキャニオン走りまくってた。でも話の都合上色々と施設の構造や諸々について微妙な捏造はしてます……。あとスタジアム以外にもなるべくゲームの用語とか散りばめるようにしたのが地味なこだわりポイントです。
これ書きながら私なりのシャドナコ解釈にまた向き合ってたんですけど、シャドウは多分自分がナックルズにとっての運命の人でも王子様でもないことを心の奥底で分かっているんですよ。出会ったのもソニックたちと比べるとずっと後だし、関係性の積み重ねも大きく後れをとっている自覚がある。だからこそ傍から見て分かるやつには「必死過ぎる」くらいでないと駄目だ、って思ってるとこに尊さがある……。というわけでそういう意味も込めてタイトルを直球ながら『ダークホース』にしました。(2025.12.6掲載)