我が家に足を踏み入れた途端に今まで忘れていたはずの眠気を思い出したのか、ソニックは小さな欠伸を漏らす。 勿論、ロボトニックとマスターエメラルドを巡る大事件の後は、トムと約束した手前『バットマン』ごっこはもう卒業した。 「ブルー・ジャスティス」の商標も既に出願取下げ済みだ。 ただソニックは昨晩のように、家族の誰もが寝静まった午前3時にたまたま目が覚めたりだとか、まんじりともしない日にはほんの数時間だけ深夜の社会科見学に出掛けて、そして本当に自分の力が必要な時にのみ、ちょっとした人助けをしているだけなのだ……そう、さながらおとぎ話の妖精のように。
「さてと、ちょっとだけ二度寝でもするかぁ」
ひとつ大きな伸びをしてから愛用のベッドへと勢いよくダイブしようとした、その時。
「よお。帰ったのか」
ソニックの耳に届いたのは慣れ親しんで久しい声だ。 ――おっと、そういえば自分の留守を預かってくれていた頼もしい兄貴分に危うく「ただいま」の挨拶を忘れるところだった――頭の中でそんなことを呟きながら声の主へと向き直った瞬間、その目に飛び込んできた光景に思わずソニックは息を呑む。
「……ナックルズ? どうしたんだよその、髪……」
「ああ、これか。 今朝マディにやってもらったんだ。 俺は別にいいと言ったんだがな」
そっけなくそう答えると、彼はすぐに視線をソニックから手元の書物へと戻した。
ナックルズがソファーで寝そべって本を読んでいる――彼は弟分のテイルスとは正反対に絶望的な機械音痴でスマートフォンを使うことにも苦労しているため、もっぱらトムが図書館から借りてきたもので地球の文化や歴史について学んでいるのだが――何でもない、いつもどおりの光景のはずだ。
ただひとつ普段と違うのは、彼がその長く伸びた針を所謂ポニーテールのように結った上に、丁寧に編み込まれたサイドヘアーを色とりどりのビーズで飾っていたことか。 ナックルズの燃えるように真っ赤で豊かな毛並みを、雲一つなく晴れ渡った空を思わせるペイルブルー、そして太陽の下で咲き誇る向日葵にも似たイエローやグリーンの小さな玉の数々が鮮やかに彩っている。
いつもとは異なる雰囲気を纏う目の前のナックルズの姿に、ソニックは今まで彼に対しては一度も抱いたことのない、ある感情を覚えていた。 それは例えば自分にとって母親同然のマディが余所行きの服を着ておしゃれをしている時だとか、映画の中でキラキラと輝くスターたち――『レオン』のナタリー・ポートマンや『ゴースト・イン・ザ・シェル』のスカーレット・ヨハンソンだとか――そうした存在を目にした時の気持ちに極めて近いものだ。 見ているだけで心臓が熱くなり、ドキドキとして目が離せなくなってしまう。
そう、きれいだったのだ。 今のナックルズは。 それも、とびっきり。 別に家具だって、身に着けているものだって高級品でも何でもない。 ソファーはソニック行きつけのリユースショップが二束三文で投げ売っていた代物だし、ビーズにしてもおそらく車で三十分はかかる隣町のウォルマートか、近所のワンダラー・ショップでマディが買ったものだろう。 それにも関わらず、屋根裏部屋の小さな天窓から差し込む柔らかい朝日の中、長い針を揺らして無防備な背中を曝け出し、ソファーに体を横たえてゆっくりと本のページを捲る彼の姿は、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのように絵になっていた。
さて一方ナックルズはといえば、いつも家中を忙しなく動き回って絶え間なくおしゃべりをしているソニックが、何をするでもなくその場に呆然と立ち尽くしていることが余程珍しかったのだろう。 読んでいる本から顔を上げると、けらけらと笑いながら彼の方へと声を投げかけた。
「おい。 どうしたハリネズミ、さっきからボーっと案山子みたいに突っ立ちやがって。 まさかこの俺の艶姿に見惚れちまったのか?」
「うん」
彼としてはここで単純にソニックを揶揄ったつもりだった。 そして笑いか、あるいは怒りと共に何らかのリアクションが返ってくることを期待していたのだろう――例えば「おいおい兄弟、趣味の悪い冗談は止してくれよ」だとか、「バカ言え、そんなわけないだろ!」といったような台詞を。 だがソニックから間髪入れずに返ってきたのは冗談めかした否定でもなければ、抗議の言葉でもなかった。 彼にとっては全く思いもよらない、ごく短い肯定の一言だったのだ。
「……は?」
一瞬の沈黙の後、お互いの間になんとも気まずい空気が流れる。 ソニックも自分が無意識のうちに何を口走ってしまったのか、すぐさま思い至ったのであろう。 彼の身体はかちんこちんに固まったまま、視線だけがかわいそうなくらいにあちこちを彷徨っていた。
「ソニック。 その、今のは」
二人にとって永遠にも感じられた静寂を破ったのはナックルズの方だった。 しかし彼が口を開いた瞬間にはもうソニックの姿は目の前から消えており、程なくして下のリビングからは陽気で賑やかな話し声が聞こえてきた。
「……おはようテイルス! おはようマディ! ああこらオジー、顔を舐めるなよ……駄目だってば! ……ねえオレ、コーヒーが飲みたいな……今すぐ目が覚めるような、そりゃあもう、アッツアツのやつをさ! オレの分、砂糖たっぷりにしてもいいかな?……」
もはや目の前に書かれている文字の内容など、微塵も頭に入らない。 ナックルズはバタンと乱暴な音を立てて本を閉じると、ソファーに突っ伏して声にならない呻きを上げた。
「あぁ畜生。 なんなんだよ、あの野郎。 『寝ぼけてました』とでも言うつもりかよ、クソ」
一人きりの屋根裏部屋には、階下からの朗らかな談笑が微かに響いていた。
あとがき
後日、ソニックの思考停止で出てきちゃった一言のせいでやたらドキドキモヤモヤし始めたナックルズ、多分マディにちょっとモジモジしながらもう一回ヘアアレンジ頼むし、マディも喜んでやってくれると思う。でもこれ今までの関係がギクシャクすること明らかなのでどうなるんでしょうね。他人事。自分でネタ被りもいいとこで、これの前に書いてた話もあるんだけど、先にこっちの方が出来上がりそうなのでちょちょっと仕上げてしまった……。これは重い話がない方のバージョン。あとほんとーに露骨なソニナコ要素があるので別にした。アクション映画に出てくる有名女優って他にもたくさんいるはずなんだけど、単に私がスカーレット・ヨハンソンがすきなので言及しました……。でもこの人偶然だけどモンタナが舞台の映画出てるんだな……。初めて知った。
あとこれは主にラインで話してた内容なんだけど、非常に幼いうちから同族でなくフクロウの女性と暮らしてた上に、それからはずっと地球で暮らしてたから美の基準が人とあんまり変わらなくなってヒトナーのケモみたいになってた(言い方)ソニック、ある日何らかの理由で価値観一度揺さぶられて欲しさあるな……って言ってた。