『思い出』


 本日、グリーンヒルズの天気は地元のラジオ局の予報によれば終日快晴とのことだ。 この絶好の行楽日和にソニックとテイルスの2人は朝からずっと浮き足立っている。 特にテイルスは余程楽しみなのだろう。彼はふわふわとした2本の尻尾を先ほどから扇風機の如くぶんぶん振り回して大はしゃぎしていた。
「僕ら以外の試合を生で見るのって初めて! 地元の少年野球チームかあ、まるでこの間みんなで観た『がんばれ!ベアーズ』みたいだよ」
「まあ、グリーンヒルズの子どもたちは、あんな悪ガキ共と違ってナイスガイばっかりだけどな」
瑞々しいレタスやつやつやのトマトが顔を覗かせるハムサンドに、ピーナッツクリームがたっぷりのレーズンブレッドと、2人はランチバスケットに色とりどりのサンドイッチを詰めながら興奮したようにおしゃべりを続けている。
「それにな、テイルス。本物の野球の試合っていうのは、映画よりもずっとドラマチックなんだぜ。 特に俺が注目してるのはフレッドさ!あいつはチームメイトの年上連中にも負けないぐらいに最近すごく調子がいいんだ。打率も良し、盗塁だってお手のもの、おまけに守備も文句なしときた。まあ、流石に俺ほどじゃないけど……。 とにかくだ、ゴーゴー、フレッド!目指すはここグリーンヒルズ出身初のメジャーリーガーだ!」
 一緒になって歓声を上げるテイルスの脇を抱えて「高い高い」をするソニックの後ろから大欠伸が聞こえてきた。
「朝っぱらから騒がしい野郎どもだぜ、全く」
声の主は呆れたように呟きながら、黄金色に焼けたパンに真っ赤なストロベリージャムをこれでもかと塗りつけている。
「おい、ナックルズも一緒に行こうぜ。大体お前いつまで朝飯食ってるんだよ!そのトースト何枚目だい?」
「5枚目だ」
そう短く答えるとナックルズは香ばしい匂いを漂わせているそれに豪快に噛り付く。朝から元気が有り余っている愛らしい子どもたちの様子を横目で見ながら、「来週の朝食分のジャムとパンまで食べ尽くされる前に買い置きを用意しておかないとな」とトムは頭の中で呟いた。
「俺はトムやマディと戸締まりと貴重品の確認をしてから行く。 またロボトニックのような野郎が俺たちの留守を狙って来ないとも限らねえからな。お前とテイルスとで先に行ってろ」
残りのトーストを一気に口に放り込むと、ナックルズは席を立ち屋根裏部屋へと向かっていく。 彼の言うことももっともだとソニックたちは2人で顔を見合わせて頷くと、リビングにいるトムとマディに声をかけてから野球場へと出発することにした。
「じゃあ、僕たちでお弁当を持って一番いい席を取っておくよ!」
「みんなも早く来いよな!」
「ところでソニック。 今日のその髪、イカしてるな」
「おっとまずい! じゃね、ドーナツ卿!」
 呼び止める間もなく全速力で家を飛び出してしまったソニックたちを見送ると、トムは苦笑しながらコーヒーを啜る。
「ああもう、アイツはまた俺の整髪料を勝手に使って……。 こりゃあ、後で説教だな」
「久しぶりに家族みんなでのお出かけなんだもの。こういうときには張り切っておめかししたいのよ、ソニックは」
食後のコーヒーを楽しみながら談笑している夫婦の元に、程なくして屋根裏部屋からナックルズが戻ってきた。
「トム、マディ。上の戸締りは済ませてきた。もう少ししたら俺たちもそろそろ出るとしよう」
「あら、ご苦労様!……ところで」
そう言ったきり自分の顔をまじまじと見つめるマディに、ナックルズは怪訝な顔をする。
「どうした? 俺の顔に何か付いてるのか」
「そうねえ。さっきあなたが食べていたストロベリーのジャムとか」
彼女の言葉に目を見開き「嘘だろ」と叫んだナックルズは、慌てて口の周りを拭おうとする。そんな彼の様子にマディは思わず吹き出してしまった。
「冗談、冗談よ!何も付いたりしてないわ、ナックルズ」
「……おい、マディ!やめてくれよ、揶揄うのは。いくらあんたが相手でも怒るぞ」
「ごめんなさいね。せっかくなんだからあなたもオシャレしていけばいいのに、って思っただけよ」
腰に手を当て、あからさまに眉間に皺を寄せてみせるナックルズの頭を軽く撫でながら、マディはころころと笑った。
「勘弁しろよ、どこかのおしゃべりハリネズミじゃあるまいし。俺は遠慮しとくぜ」
「まあまあ。ほら、そんなしかめっ面しているとハンサムが台無しだわ」
マディは少しかがんで目線を合わせると、彼の眉間の皺を指先でツンツンとつついてみせる。
「あなたはすごくチャーミングだし髪も長いから、ヘアアレンジでもしたらきっと見違えるわよ。どう?」
「……なあ、トム。あんた『保安官』だろう。『保安官』とは困っている人々を助ける仕事をするんだとソニックから聞いたぞ。呑気に本なんか読んでいる場合じゃない」
自分の長い針を撫ぜているマディに戸惑うナックルズの声に、トムは読んでいた本から顔を上げると白い歯を見せて笑う。
「プレーオフまで時間はあるし、こうなるとマディは聞かないぞ。観念するんだな。なに、早さが売りの『ソニック美容室』と比べると彼女は抜群にセンスがあるよ。夫の俺が保証する」
「オーケー、決まりね! さあナックルズ、こっちにいらっしゃい」
 真っ赤なハリモグラはいつもの威勢もどこへやら、すっかり二人のペースに乗せられてしまい、あれよあれよという間にマディの部屋まで連れてこられてしまった。
「私やレイチェルのお下がりだけど……あなたの髪を編み込んでビーズを付けたらきっと素敵よ。さあ、ここに座ってちょうだい」
促されるまま椅子に腰掛けたナックルズは、最初こそ大きな姿見の前で気恥ずかしそうにそわそわとしていたが、マディが髪に櫛を入れ始めると次第に落ち着き始めた。
「あなたは寡黙な子ね。ソニックったらこんな時は1分も座ってられないし、すぐにおしゃべりが始まるのよ」
そう呟くと普段のソニックの様子を思い出したのか、マディはくすくすと笑い声を漏らした。グリーンヒルズの朝日が窓から優しく差し込み、髪を梳かす音だけが部屋の中に静かに流れている。ほんの数分前程までの賑やかさとは打って変わって穏やかな時間に、ふとナックルズは何かを思い出したように顔を上げた。
「――そういえば俺がまだガキだった頃も、こうして朝に髪を結ってもらったことがあったんだ。何度も、何度も」
 ソニックからある程度の話は伝え聞いているものの、マディにとって彼が自らの過去について口にするのは初めてのことだった。ナックルズの長い針に丁寧に櫛を入れる手を休めることなく、彼女は彼の声に耳を傾ける。
「俺の親父は部族の酋長だった。その息子だった俺には、小さい頃から世話を焼いてくれる付き人がいたんだよ。彼女はちょうど今の俺と同じか、少し上くらいの歳で……村一番の器量良しだった。髪を結い終わると優しい声で 『若様、よくお似合いでございます』って言うんだ。毎日そうやって耳元で囁いてくれるもんだから、俺は彼女のことがすっかり好きになっちまった。しまいにゃ『俺が大きくなったらお前を嫁にしてやる』って言ったんだ。とんだマセガキだ、笑えるだろ?」
「いいえ、笑ったりなんてしないわよ。 とても素敵な初恋ね」
マディは彼の話に相槌を打ち、手際よく髪を編み込みながら「彼女の返事は?」と続きを促した。
「あえなく振られちまったさ。『先日婚姻の約束を済ませたばかりです』ってな。もうちょいとばかり申し出が早けりゃ、彼女は俺のものだったのに」
 そう言いながら笑っていたと思いきや、ナックルズは不意に押し黙ってしまう。 部屋は少しの間沈黙に包まれたが、やがて彼はおもむろに口を開いた。
「彼女が俺のもとに来てくれていたなら、もしかしたら……一族が子孫を残せず滅ぶ運命を歩むこともなかったのかもしれない。美しい女だった。強い女だった。誇り高い女だった。身重だったというのに槍と拳を振るって戦場に立ち、――そして命を落とした。 マディ、勿論俺は恐れを知らない戦士だ。 それでも時々……、俺の愛した一族は滅んでしまったというのに、俺一人だけがこうして生きていることが、……ソニックやテイルス、そしてあんたたちに出会えたことを、幸せだと思っている自分が……」
ナックルズの声と体は、微かにだが震えている。
「ねえ、ナックルズ」
マディはそんな彼の背を優しく抱き締めると、頭にそっとキスを落として静かに語り掛ける。
「私たちはあなたの過去についてすべてを知っているわけではないわ。 けれどあなたのお父さんも、あなたが生きることを望んでマスターエメラルドと未来を託したのよ。それだけは確か、そうでしょう?」
彼女には分かっている。これからもナックルズがこうして自分自身を責め苛むであろうことも、 幼い時から戦いに身をやつしてきた彼が本当の意味で家族になるには長い時間が必要であることも――それでも尚、自分の決心は揺るぐことなどないということも。
「ほら、顔を上げて鏡を見てごらんなさい。とっても素敵でしょう? よく似合っているわ、ナックルズ」


「Ta-da!」
マディの陽気な声と共に現れたナックルズを目にして、トムは大口を開けて驚きの叫びを上げた。
「こりゃあ参ったよ……マディ、ナックルズ!なんてこった、本当に見違えたぞ! 本日付でワカウスキー家のイケメンランキングは更新だ。俺はついに表彰台から引きずり降ろされるな」
「お褒めに預かり光栄だがドーナツ卿、俺は棄権しておくよ。……これで表彰台は死守だな、トム?」
そう答えたナックルズの長い針は金や緑のカラフルなビーズに彩られ、丁寧に編み込まれている。トムとマディの誉め言葉にナックルズが照れて身じろぎをする度に、豪奢に飾り付けられた針も揺り動き、散りばめられたビーズが煌めいた。
「さあ、これでバッチリね。 私たちも球場へ向かいましょ!」
微笑みながらマディはナックルズへと手を伸ばす。繋いだそのあたたかく柔らかな手を、彼は壊さないようにそっと握り返すのだった。



あとがき


継母と継子~。映画時空でこの二人仲良しっぽいのがほぼ確定なのやばくない……?
まあ髪結ったり一族の正装したりするナッコはみんなの性癖みたいなとこあるし……。 萌えるよね……エキゾチックで……。
思えばゲーム原作のナッコの身近の存命女性ってルージュにしてもエミーにしても性格的に癖の強い女性ばっかなので、今のところ映画のマディみたいな落ち着いた保護者タイプって新鮮だよな、って思ってた矢先のネトフリ新作のティザーだったので、慌ててこれを仕上げる羽目になってしまった。プライムの方のルージュがナッコとどういう関係になってるかはまだ未知数なうえに、映画のナッコの設定も色々原作と差異あるからなんとも言えないかもしれないけど。特に映画では部族の滅亡をリアルタイムで体験してるので妄想捗るけど心境考えるとしんどいな……。女の子苦手設定引き継いでるのかは分からないけど、例えそうだとしてもだけど一族の使命とか背負ってると色々そのへんも変わりそうで……。そもそもまあ原作での初めから独りで身内がいないのもしんどいけど。映画のナッコって原作よりも更に武人みが強い気がするので、そのへんどうするかだな~。うう早くDVDが欲しい……。