暇だ。暇だ。ヒマだ! このままじゃ退屈で死んじまう。朝起きてから今の今までやることが見つからないなんて、オレに限ってありえないだろ。一大事だ! なにかとっておきのアイデアはないだろうか。街に出掛けるついでに買い出しでもしようかな? 残念なお知らせ、それは一昨日やった。じゃあエミーとデートするのは? 逆に忙しくなり過ぎそうだ、保留しとこう。お気に入りの漫画でも読むか? いや、テイルスに全巻貸してるからしばらく返ってこない。ああ、どうしよう。あれこれたっぷりと五秒間も考えた末にオレが閃いたのは「友だちの家にお邪魔する」こと――つまり、エンジェルアイランドに遊びに行くことだった。
そうと決まれば話は早い。オレはすぐさまトルネードに飛び乗って、天空に浮かぶ神秘の島へと向かうことにした。
「元気かい、ナックルズ! 遊びに来てやったぜ!」
「よお、ソニックじゃねえか!」
マスターエメラルドを守るようにして祭壇にひとり佇む赤い影。オレにとっては見慣れた光景だ。階段の遥か上にいるナックルズに向かって手を振ると、明るく弾んだ声が返ってくる。それに内心「おや?」と思った。 というのもこいつときたら、いつもオレに対してはろくすっぽ挨拶もしなければ、もちろん熱いハグもしてくれない。それどころかおっかない顔で「てめえ、何しに来やがった!」って怒るし、ちょっとからかおうとするだけでご自慢のでっかい拳をぶんぶん振り回すんだ。仮にもオレたちは何度も大冒険を共にしてきた親友だってのに、この仕打ちは些かいただけないよなあ。まあこっちとしちゃ、それがまたすんごく面白いんだけどさ。なのに今日のこいつはなぜだかニコニコしながら出迎えてくれるときた。珍しいこともあるもんだ。こりゃ、明日は雪でも降るかもしれないな。
「なんだよ、随分ご機嫌じゃん」
「そうかあ? ……まあ、そうかもしれねぇな……」
頭をボリボリとかいているナックルズのそばに行って階段に腰掛けると、穏やかな風がそよそよと祭壇に吹いてくる。真っ青な空にたなびく白い雲、それにきらきらと輝く太陽。ここからの眺めはまさに絵に描いたようで、いつだって最高だ。そういや、こいつと一緒に座って呑気におしゃべりだなんて久しぶりな気がする。暇でしょうがないからって出てきたのに、結局のんびり過ごすことになっちゃったな。でもたまにはこんな日も悪くないかも……と思った矢先、おもむろにナックルズが口を開いた。
「ところで、せっかく来たのに悪いが今日はお前にゃそんなに構えないぜ。いつも以上に忙しいからな」
ツンとすましてそっぽを向くナックルズは、相変わらずつれない態度だ。 それがなんだかおかしくてつい吹き出してしまう。
「どうせやってることは引きこもりと大して変わんないだろ。なーにが『忙しい』んだか」
「バーカ、言ってろ。 今晩シャドウが島に泊まりに来るんだよ、お前の相手してる暇なんてねえの」
オレのニヤニヤとした笑いは、まるで予想もしなかった言葉によって完全に冷え切ってしまった。
「……は? 今なんて?」
「お前耳クソでも詰まってんじゃねえのか? シャドウだよ、シャドウ! あいつが島に来るんだよ!」
「ヘイ、ヘイ! そんな大きな声出さなくても聞こえてるってば! 鼓膜が破れちまうよ!」
いきなり至近距離で怒鳴られたもんだから、オレは咄嗟に耳をぺたんと伏せて両手で覆ってしまった。ナックルズは「そりゃあ悪かったな」と言ったけど、お前どう見たって一ミリもそんなこと思ってないだろ。
しかしどうも気になるのはシャドウの名前がこいつの口から出たことだ。なんとなく面白くない。オレはただ友だちのとこに遊びに来ただけだっていうのに、なんだってあいつの名前なんて聞かされなきゃならないんだ?
「なんでそこでシャドウの野郎が出てくんだよ」
「あれ、言ってなかったか? 俺たち付き合ってんだけど」
ほんの一瞬だけれど、あまりのことに後ろから頭をがつんとぶん殴られたみたいに気が遠くなる。なんなら、ずうっと前にお見舞いされたこいつの拳よりもよっぽど堪えた。どうやらオレはかなり呆けた顔をしていたようで、ナックルズの紫色の瞳がしげしげとこちらを見つめている。
「なんだよ。その顔は」
「いやあ、お前でもそういうジョーク言うんだなあって」
「アホか。そんなしょうもねえ冗談言ってどうすんだよ」
言えてる。その通りだ。こいつの性格はよく知っているはずなのに、オレの脳ミソはどうしても現実逃避をしたいらしい。
「……マジで? いつから?」
「うるせえな。いちいち覚えてられっかよ、そんなもん。……うーん……半年? いやそれ以上か……?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ナックルズは首を傾げて懸命に記憶を遡ろうとしている。相変わらず律儀なやつだよなあ。おまけにオレが頼んでもいないのに「ほら、ずっと前に……」って二人の馴れ初めまで話し始めるときた。こっちはそれを聞いてるだけで、なんだか胸のあたりがじくじくとしてくるってのにさ。
「どうしてあいつなんだよ」
ナックルズだって目を思いっきり丸くしてたけど、思わず口をついて出た言葉に一番びっくりしたのは正直、オレ自身だ。
――どうしたんだいソニック、友だちの爆弾発言に気が動転しちゃったのかな?
――そうだなあ。まあ、こうやってセルフ・カウンセリングが始まるくらいにはね。
「シャドウと付き合えるならオレだっていけるだろ? オレじゃ駄目なわけ?」
「おげ」
おいおい、いくらなんだって「おげ」はないだろ。ガラスみたいに繊細なハートが傷つきそうだぜ。
「ソニック、お前さっきからどうしたんだよ」
「だってさあ」
「だってもヘチマもねえだろ。お前とあいつじゃあ全然違う。そんなこたぁ、お前らが一番よく知ってるはずだ。そうだろ?」
ぐうの音も出なかった。こいつの言う通り、聞くまでもなく分かりきってることだ。そう、オレたちは違う。
でも、いったい「何」が? 「それ」が、あいつをお前の特別にしたのか? なあ、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃん。オレ、お前の友だちなんだぜ。
言いたいことはたくさんあるのに、おしゃべりな口からは肝心な時に限って何も出てきやしない。胸の中にはモヤモヤとしたものがうずくまってどうにもならなかった。こいつら二人が付き合おうが別れようが、そもそもオレにはなんの関係もないはずなのにな。
徐々にオレンジ色に染まっていく空を見てボーッとしていたオレの視界の端に、黒い影が映った。それとほぼ同時に隣に座っていたナックルズも「あ」と声を上げる。
「シャドウ! 随分早いじゃねえか!」
「任務が予定より早く片が付いたからな」
ナックルズはシャドウの言葉にパッと顔を明るくしたかと思うと、オレが止める間もなく階段を颯爽と駆け下りていく。慌てて追いかけようとしたときには、もうナックルズはシャドウの胸に飛び込んでいた。
「君に会いたかった」
シャドウのやつはスカしたセリフと共にナックルズを抱きとめて「重たいよ」と笑っている。
あいつ、ほんのついさっきまでオレの隣にいたってのに。シャドウの腕の中で笑っているナックルズは、もうオレの友だちの顔をしていない。そこにいたのは、シャドウの恋人だった。
「……まるで別人だな」
オレの存在に気が付いたのか、シャドウはこちらを見るとあからさまに眉をひそめた。「目は口より物を言う」ってこういうことなんだろうな。いつにも増して険しい顔には「さっさと失せろ」とはっきり書いてあった。
「ああ、悪い悪い、ゴメンな。たまたま遊びに来てたんだよ、そんな顔するなって。なんだか邪魔みたいだしさ、オレもう行くよ、じゃな! お二人さん」
頬とか引き攣ってないかな、オレ。とびきりの笑顔を作ってるつもりだけど、自分の表情なんて見えないもんなあ。
「おう、邪魔だ邪魔。さあとっとと帰った! 俺はこれからシャドウと朝までイチャイチャするんだからよ」
ナックルズは白い歯を見せてにかっと笑った。まるでこの島で初めて会った、あの日みたいに。今はそれを思い出すだけで、心臓がぐしゃぐしゃに潰れていくような気がした。
「……なーんてな、また暇なときにでも来いよ。今度はテイルスも連れてきたらどうだ?」
「うん、そうだな、考えとくよ」
大切な友だちが元気よく手を振ってくれてるっていうのに、なんだか顔をまともに見ることができなかった。一刻も早くこの場から離れたいのに、両脚がいやに重くて走る気にもなれない。少し歩いては小さな石ころを蹴っ飛ばしてみたりもしたけど、気分が晴れるどころか余計に惨めったらしくなるだけだった。まったくオレときたらやめときゃいいのに、どうして途中で後ろを振り返ったりするかなあ。夕焼けの中でいっそう真っ赤になってるあいつにシャドウが何やら囁いて、二人は幸せそうにそっとキスをした。それを見てようやく分かったんだ。オレはまるで子どもみたいに、つまらないやきもちを妬いてるんだってことが。
「なんだよ。オレが一番最初に、この島でひとりぼっちだったお前と友だちになったのにさ」
あとがき
日記の中でも書いてたけど、なんでこの二人になった……?ってことを考えてたらこうなっていた……。ごめん……。モダンとクラシックの世界や作品ごとの世界って繋がってるのかいまだに曖昧なとこあるけどやっぱどの世界線でもナッコと一番最初に仲良くなったのはソニックだと思う……。おまけにこれ書いてるときに考えてみたらナッコ、シャドウとはライバルも、一定の交友関係のある女性も共通してるっていうのがまたなあ……。そして最終的に出来上がった作品がBSSっぽい感じになってしまったのが申し訳ない気持ちでいっぱい!!!!!いやぎりぎり自覚してないというか恋愛感情というよりは「マブダチの一人が知らないうちに自分のライバルと付き合い始めててしかも上手くいってるのがなんか面白くねえ」ぐらいには収めたつもりだけど……。いつかシャドウ視点の話も書きたいなーとは思う、こっちはこっちでまた色々自分の中で考えなきゃならないことがたくさんあるけど……。
多分そのうち気持ちの整理がついて慣れたら二人に「お前らどこまで進んだんだよ~」とかちょっかい出し始めてウザがられると思う。わちゃわちゃしてくれ。