『素直じゃない君について知ったいくつかのこと』

 ナックルズと付き合ううちに分かったことがいくつかある。
 シャイで短気で直情的。手先は不器用だが料理はそれなりに上手い。葡萄が好き。女性が苦手。案外世話焼き。そして。
「シャドウ! お前いい加減にしろよ! なんだってまたこんなもん見なくちゃいけねえんだよ!」
「まあそう言うな。一昨日同僚から借りてきたんだ。なかなか面白そうだぞ」
どうやらお化けが苦手らしい。
僕の手にしているDVDのパッケージ――墓場から這い出すゾンビの大群が描かれた、見るからにB級のホラー映画だ――を目にして、彼は露骨に眉を顰めている。
「ふざけんなよ、もう帰るぞ俺は」
「随分と冷たいじゃないか。せっかくの休みだから君と一緒に見ようと楽しみにしていたのに」
「うるせえ。知らねえよ、そんなこと」
ナックルズはそう吐き捨てると、つんとそっぽを向いた。実につれない返事だ。これが仮にも恋人に対する態度だろうか。まあこの反応は想定の範囲内だが。
 そもそも彼にホラー映画を見ようと誘ったのは別にこれが初めてではない。このやり取りも一体何回目になるだろう。僕とて彼がなかなか「うん」と言う相手ではないのは承知しているが――。
「それとも何だ、怖いのか? なら仕方な……」
「……はあ? 聞き捨てならねえな。てめえ、この俺を誰だと思ってやがる! 怖いわけねえだろ!」
 ほーら、かかった。毎回思うのだが余りにもちょろすぎないか、君は。自分で言うのも何だがここまで分かりやすい挑発も無いだろうに。今更「しまった」なんて顔をしても遅いぞ。そんなにホラー映画を見るのが嫌ならばいい加減学習したらどうなんだ、と思わないでもない。僕としてはそのままの君でいて欲しいが。


「ひっ」
「どうかしたか?」
「な、なんでもねえよ……」
 暗い部屋の中に二人きり、明かりはテレビのスクリーンだけ。青白い仄かな光がナックルズの横顔を照らし出している。時折軽食に用意したサンドイッチに手を伸ばしたりコーヒーを啜ったりしながら、僕は映画そっちのけで彼の百面相を見つめていた。
「君はいらないのか?」
「お前……。人が頭からゾンビにばりばり食われてるシーンだってのによく平気だな……」
くだらないストーリーが進むにつれて、一人また一人とゾンビの犠牲になる。おぞましいシーンが映し出されると、そのたびに彼の表情は引き攣ったり、瞳を大きく見開いたり、顔を両手で覆ったり、かと思えば突然大声で叫んだり、果てに僕の手をぎゅっと握ってきたりと忙しない。とにかく、隣で見ていて飽きないのだ。
 断っておくが、僕はB級シネマのマニアでもなければ、ホラーの愛好家でもない。映画は単に彼とのスキンシップを楽しむための口実だ。
「すまない。少し席を外すぞ」
「……え? ちょ、ちょっと待て! どこ行くんだよ逃げるな!」
「いやどこって、トイレだが」
もちろん嘘だ。しかし、これはかなり動揺しているな。置いていかれるのがよほど嫌なのか、ナックルズは僕の二の腕をしっかりと掴んで離そうとしない。いつもは素直じゃない上に、何かと強がってばかりいる彼が、こんな姿を見せてくれる。僕に触れてくれる。それがたまらなく愛おしかった。
「言っておくが漏らしたら君のせいだからな」
「黙ってろ! ていうか漏らすな! あと絶対に俺から離れるな! いいな!」
むちゃくちゃなことを口走りながら涙目でこちらを見つめる彼に、内心笑いが止まらなかった。
「やっぱり怖いんだろ」
「怖くねえっつってんだろ! ぶっ飛ばすぞ!」


「……はあ、ようやく終わった……」
部屋の電気を点けると、ナックルズは安堵したように長い溜息をついた。窓の外を覗けば、とっくに日は落ちて夜の闇が広がっている。
「もう遅いぞ。今日は泊まっていかないのか?」
「ああ。留守番頼んでるとはいえ、万が一ってこともあるだろ? それにあいつらにも悪いし……。じゃあな」
 彼の責任感が強いところは好ましい。第一これまでも僕たちはお互いの生活を尊重してきたし、これからだってそうだろう。それでも、時々は「僕だけを見て欲しい」と願ってしまうんだ。
「ナックルズ」
「なーんだよ。そんな顔して。いくら引き留めたって無駄だからな」
「それが……実は怖くて一人で寝れそうにないんだ」
僕の迫真の演技に、玄関へと向かっていたナックルズはぴたりと歩みを止める。
「……ったく! しょうがねえなあ、ガキでもあるまいし。俺が一緒に寝てやるからありがたく思えよな。今晩だけだぞ」
いや、やっぱりちょろすぎないか、君は。
「あーくそ。明日あいつらに何て言えばいいんだよ」
頭を掻いてぶつくさと文句を言いながらも、君は何だかんだで僕の我儘に「今晩だけ」付き合ってくれるんだ。


 ナックルズと付き合ううちに分かったことがいくつもある。
 一緒に寝る時には僕の胸元に顔を突っ込んでくる。少々寝相が悪い。そして、抱き合った体がとてもあたたかい。
「明日の朝、送っていこう」
「……別にいらねえよ、迎えは頼んであるし」
「僕がそうしたいんだ」
欠伸をしながら「好きにしろよ」と呟く君にキスをして、狭いベッドに二人で潜り込んだ。



あとがき

映画デートする二人が見たくて書きました。ちょー短い!でも「短くてもいいから一本書く」が目標だったのでヨシ!
内容としてはかなりプラトニックで可愛い二人になってるかなあと思います。書いてる本人はシャドナコだと思ってるけどぶっちゃけどっちでも読めそうかもしれない。この間まで書いてたのがえげつないのだったから温度差で風邪ひきそう。ただこの二人というか、ナッコが絡むと基本的に遠距離恋愛的になるというか、やっぱり場所と時間の自由がすごい制限されるところが悩みですね……。