『幸せを噛み締める』

「それではご注文の品を復唱いたします。コーヒー、レモンティー、シャインマスカットのタルト。バニラアイス添えアップルパイとモンブラン。そしてストリベリーソースがけのパンケーキ、チョコレートパフェ……それぞれお一つずつでお間違いないでしょうか?」
「あ、すいません。あとこのマンゴープリン、お願いしたいんですけど」
「はい! かしこまりました。マンゴープリンも加えて計八点、ご注文は以上でございますね。それではメニューをお下げいたします」
 女性の店員は笑顔で一礼すると、メニューを片手に僕たちのテーブルから離れていく。店の奥へと消えていった彼女の背中を見送ると、向かいに座っているナックルズがこちらに身を乗り出し、そっと耳打ちしてきた。
「お、おいおいシャドウ。本当に何でも頼んでよかったのか? そりゃあ、確かに旨そうだけどよお……。なーんかやたらと高い気がするし……。だいたいお前コーヒーたったの一杯で充分だとか、腹減ってねえのかよ? マジで言ってるのか?」
「……はあ。同じことを何度も言わせないでくれ。第一君があの島でマスターエメラルドの守護者として務めている限り、こうして外に出る機会もなかなかないだろう。今日は僕の奢りだ。遠慮しないで好きなだけ食べればいい」
溜息交じりの僕の言葉に、ナックルズはようやくホッとしたような顔になる。
 さて、正直に言おう。痩せ我慢もいいところだった。せっかく久々のデートなのだからと、彼のために張り切ったことに決して後悔はない。それでもなお、僕の脳裏では紙幣が空高く羽ばたいていくイメージが浮かんで消えなかった。
 なにしろ恋人とのデート先に選んだのは数週間先まで予約で埋まっている人気のカフェだ。一流のパティシエールが素材にまで拘り抜いて提供しているスイーツは、どれもこれもが絶品と巷で評判を呼んでいる。しかし値段もやはりというか、それ相応だ。おまけに今日のためにわざわざソニックに頭を下げる羽目になった。ようやくナックルズを街まで連れてくることが出来たのはいいものの、これが想定外の出費になってしまった。全く、何が「チリドッグ一年分で手を打ってやってもいいぜ」だ。今度会ったらタダで済むと思うな。覚悟しておけ。
 そろそろ僕も上層部に昇給のひとつでも要求すべきだろうか。日頃の働きぶりからしても「給料に0を一桁加えろ」と訴えたところで文句は言われないだろうし、無論言わせるつもりもないが――。
 あれこれと僕が思考を巡らせる一方で、華やかなデザートの数々が次から次へとナックルズの元へと押し寄せる。瑞々しいマスカットが乗ったタルト。きつね色に焼けたアップルパイにミントの葉で彩られたバニラアイス。極めつけはバベルの塔さながらに聳え立つチョコレートパフェだ。テーブルの上に所狭しと並ぶスイーツは、そのひとつひとつに趣向を凝らしたデコレーションが施してある。トレジャーハントを得意とするナックルズの目にさえ、これらはきっと世界のどんな宝にも勝る芸術品のように映っていることだろう。
 菫色の瞳をきらきらと輝かせている彼は、どうやら周囲のカップルに若い女性たち、更には店員までもがざわめき始めたことに気付いていないようだ。
「ええ……。あのお兄さん、あれ全部食べるのかしら……」
「マジかよ、食い過ぎじゃねえの……? オレだったら絶対無理だわ……ていうか見てるだけでお腹いっぱいなんだけど……」
「なんかの撮影かなあ? ひょっとして動画投稿者とか?」
シャイな彼のことだ。いつもならば自分が注目の的になっていると知った途端に茹蛸のように真っ赤になるだろう。それだけならまだしも、怒号とともにテーブルをひっくり返しても不思議ではない。しかし今の彼ときたらどうだろう、すっかり甘味の大群に夢中のようだ。「食べたらなくなっちまう」などと言いながらも、一口頬張ってはじっくりと味わい、なんとも無邪気な笑顔を見せている。
 こうも素直に喜んでもらえるとなると、僕としても連れてきた甲斐があったというものだ。そう、先ほどから必死に耐えている空腹など忘れるぐらいに――。
「おいシャドウ、やっぱお前無理してるだろ。今聞こえたからな? 腹の虫が鳴ったの」
「ぐ」
ナックルズの鋭い指摘に、思わず顔が熱くなる。よりによって恋人の前でこんな醜態を晒すことになるとは。啜ったコーヒーがやけに苦かった。ニヤニヤとしている彼が、ほんの少しだけ憎らしい。
「ほれ、あーん」
……いや、「あーん」とは。
 何を求めているのかがいまいち分からないまま彼の顔をじっと見つめていると、冷たいスプーンで唇を軽くつつかれる。バニラの香りが、鼻先にふわりと漂った。
「おーい、シャドウ。口開けろってば。せっかくだから食べてみろよ、な。こんなにうまいのに勿体ねえぞ?」
「……なるほどね」
この瞬間のためだけでも、金では買えない価値があるな。
「は? 何か言ったか?」
「別に」
「あーこら! そんなに食べていいとは言ってねえだろ! 返せ!」


――君とのひと時は、バニラアイスなんかよりも、ずっと甘い。



あとがき


またもプラトニックな短編でした。ナッコ、フルーツ好きっていうからには割と甘いもの好きだと思うんですよね。というか好きであって欲しい(願望)
ネタをストックしておいたのもあるけど、短編も仕上げまでもっていく力が上がってきたと信じたい!