『Confession, Confusion』

 時計の針がコチコチと音を刻む中、GUN本部のワークスペースには幽鬼のような表情でモニターに向かい、キーボードを叩くシャドウの姿があった。現在、午後十六時少し前。彼の机の上にはコーヒーやエナジードリンクの空き缶、サプリメントの瓶が墓標さながらに連なっており、異様な雰囲気を醸し出している。
 このところ、彼の様子がおかしいと同僚の誰もが気付いていた。仕事中のケアレスミスが相次ぐ他、先日の武装組織制圧の任務では、戦闘の最中に状況判断を誤ったのだ。幸い、指揮を執っていたルージュの機転で全滅は免れたが、チームメンバーが危険に晒された。どれもこれも、常日頃から「究極」を自負する彼らしくもない失態ばかりだ。やる気がないというよりはむしろ逆で、傍から見ても分かるほど一心不乱に打ち込んでいる。しかしその成果は前述の通り、酷い有り様だった。この調子が今後も続けば、じきに所属している部隊からは除名されるだろう。最悪の場合はGUN上層部の手で再び永久凍結される可能性すらある。事態はそれほどまでに日々悪化していた。
 シャドウが席を立つと、室内にいる同僚たちは皆、怯えて肩を震わせた。ただ一人、ルージュを除いて。ふらふらとした足取りで仮眠室へと向かうシャドウの後ろ姿を見かねたのか、彼女は苛立ちながらデスクを離れた。
「仮眠は後。今から会議室まで来なさい。話があるの」
「……僕は疲れているんだが?」
「『来なさい』と言ったでしょう。これは命令よ」
 彼を呼び止めたルージュの視線は、ワークスペースすぐ横の扉に向かっている。仮にも上司である彼女の「命令」は絶対だ。シャドウには従う他ない。二人は揃って部屋を後にすると、会議室の鍵を閉めた。
 部屋は狭く、電気を点けてもなお薄暗い。あるのは長机とワーキングチェア、そしてシンプルなホワイトボードだけだ。しかし防音効果は確からしい。静寂に包まれた室内は、外からの雑音を完全にシャットアウトしている。ルージュは手近にあった椅子に腰かけると、コホンと咳払いをした。
「あのねえ。言っとくけど別にアンタが心配なんじゃないの。部下のメンタルケアだって給料のうちに入ってるし、アンタがトチって困るのはこっちなんだから。分かる? 勘違いしないでちょうだい」
 口ではそう言いつつも、わざわざ時間をとって呼び出すあたり、彼を気にかけてはいるのだろう。彼女の不器用な優しさに、シャドウは微かに頬を緩めた。
「ほら、いつまでもそこにボーッと立ってないで座りなさいよ。どっかの誰かさんのせいで毎日残業続き。アタシだってたまには定時で帰りたいし。……で、単刀直入に聞くわ。ここ最近のアンタ、いつにも増して陰気な顔してるけど、一体何があったわけ?」
 ルージュの問いかけに、シャドウの視線はぎこちなく泳いでいる。
「録音は?」
「モノによるけど。まさか聞かれて困る事でも隠してるんじゃないでしょうね」
「……分かった、話せばいいんだろ。ただし、絶対、誰にも口外しないと約束してくれ。絶対にだ」
「はあ? 絶対に、って……。ちょっとアンタ、どうして赤くなってんのよ?」
「なってない」
「なってるわよ」
 シャドウはさっきから落ち着きがなく、もじもじとしている。付き合いの長いルージュでさえ初めて見る顔だった。これは面白くなりそうだ、と彼女は密かにほくそ笑んだ。
「……僕がエンジェルアイランドを時々訪れているのは知っているだろう? カオスエメラルドが秘める力に関する情報収集のためだ。宝石そのものが目当ての君とは違ってな」
「ええ。それがどうしたの?」
「マスターエメラルドの守護者であり、エキドゥナ族最後の末裔……。ナックルズだ。確かに彼とは島に行く度に接触する時間が増えていた。だが自分でも未だに信じられない。僕が彼を……」

***

 約一ヶ月前。壁画の調査や、亡きジェラルドに倣って書き始めた手記へのスケッチを終えて、シャドウはいつも通りナックルズがいる祭壇まで赴いた。立ち入りを許可してくれた事への礼も含めて、軽く挨拶をしてから島を出るつもりだったのだ。
「では、これで失礼する」
「あ、おい! ちょ、ちょっと待てよ!」
「まだ何か? 悪いが僕は忙しいんだ。用があるならまた今度来た時にでも……」
「わ、分かってるよ! でも、あー、えーと、大切な話があってだな……。今日どうしてもお前に伝えたくて……」
「どうしても? そんなに重要なのか?」
「ああ。そ、その……俺、お前が……」
 シャドウは自分の耳を疑った。だがナックルズは、今はっきりと言ったのだ。
「好きだ」と。
 突然の告白に、シャドウは困惑するばかりだった。しかし不思議と嫌悪感はない。「好きだ」というワンフレーズが、頭の中でリフレインする。
 一方で、ナックルズの顔は羞恥と後悔から真っ赤になり、目尻には涙が浮かんでいた。シャドウの沈黙を拒絶と受け取ったのだ。
「……すまねえ。いきなり言われても、やっぱり困るよな」
「は? い、いや違……違うんだ! ただ僕は……」
「引き留めて悪かった。じゃあな!」
 ナックルズはそう叫ぶと、逃げるようにその場を走り去っていく。次第に小さくなる背中を、シャドウはただ呆然と見送るしかなかった。

***

「へーえ。そうだったの。あのお堅いハリモグラが、ねえ……。ただ、アンタの様子を見る限り、まだ続きがあるんでしょう?」
「ご名答だ。……それからというもの、かえって彼を意識するようになってしまったんだ」

***

 異変はその日の夜から始まった。シャワーを浴びてベッドに入ると、ナックルズの瞳にうっすらと浮かんでいた涙のイメージが頭を過ったのだ。
「……くだらない。もう終わった話だ」
 自分を納得させるために呟いた独り言すら、シャドウにとっては忌々しかった。
 眠りについた彼の夢に現れたのは、昼間のエンジェルアイランドだ。告白の場面の再現だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
 一体、自分のどこが好きになったのだろう。彼の気持ちに果たして応えてやるべきなのか。確かに戸惑いはあった。だが心の奥では、彼の告白を受け入れ始めている。自分も同じ想いだと打ち明けたいのに、夢の中では叶わない。
 そう、たかが夢だ。脳の中で構築された、記憶の断片を接ぎ合わせた映像に過ぎない。理屈では分かっていても、シャドウは無力感に打ちひしがれた。
『では、これで失礼する』
『あ、おい! ちょ、ちょっと待てよ!』
『まだ何か? 悪いが僕は忙しいんだ。用があるならまた今度来た時にでも……』
 毎晩眠りにつく度に繰り返される、同じ夢。突き放すような言葉を再生する己に対するもどかしさが、シャドウを苛んだ。もうこれ以上、ナックルズが悲しむ顔など見たくはないというのに。
『……すまねえ。いきなり言われても、やっぱり困るよな』
 一週間が経った頃、彼はついに行動を起こした。
『いや、待ってくれ。僕も、僕も君を……』
 ナックルズの腕を掴み、強引に唇を奪う。しかし次の瞬間、シャドウを襲ったのは絶望感だった。
「……夢、か……」
 憎らしいほど眩しい朝日がカーテンから差し込んでいる。最悪の目覚めを迎えたシャドウは舌打ちをすると、這いずるようにベッドから出た。

***

「……こんな具合だ。どこにいても、何をしても、思い浮かぶのは彼の事ばかり。仕舞いにはプロフェッサーが遺した手記や、GUNが保有する資料からエキドゥナ族の過去や彼の経歴を片っ端から漁り尽くす始末だ。ストーカーみたいだろう? 全く、自分が嫌になる」
 乾いた笑いを漏らすシャドウが取り出したものに、ルージュは思わず息を呑んだ。
「それって……! カオスエメラルドじゃない、私に寄越しなさいよ!」
 百戦錬磨のトレジャーハンターとはいえ、スピードで彼に敵うはずもない。ルージュが反射的に伸ばした手を、シャドウはあっさりと躱した。安っぽい蛍光灯の下でさえ力強く神秘的な煌めきを放つエメラルドを、彼は虚ろな瞳で弄んでいる。
「あちこち探し回ってやっと見つけたんだ。……彼の瞳と、同じ色をしている」 
「うわ。アンタ、相当重症よ」
 告白されてから初めて相手を意識する、というケースは特段珍しくない。よほど「生理的に無理」という相手でもない限り、「あなたが好きです」と言われれば、誰だって悪い気はしないだろう。近頃流行っている漫画にも「俺は俺の事を好きな人が好きだ」なんて台詞があったが、悲しい男の性からは究極生命体ですら逃れられなかったというわけだ。恋の駆け引き上手の中にはこの「好意の返報性」を巧みに利用する者さえいる。しかし、まさかあのシャイで石頭のハリモグラにそんな器用な芸当が出来るはずもない。要するに初心な男が罪悪感や遅れて自覚した好意を拗らせまくっている、というわけだ。
「でも、まあ……、アイツも本当に唐突よねえ。いきなり告白されてビックリするっていうのは分からなくもないわ」
「いや……、今になって思えばという話なんだが、彼なりに好意を伝えてくれていた気はするんだ。最近は別れ際に『次はいつ来るんだ』と聞いてきたし、『島でたくさんブドウが採れたから持っていけ』だの『焼き菓子を作り過ぎて余ったからお前にやる』だの……」
「……アンタはアンタでニブチンだったってわけね」
 シャドウは項垂れるばかりだった。マスターエメラルドを狙っているのか、はたまたGUNの差し金かと最初は警戒心を剥き出しにしていたナックルズが、笑顔を見せるようになったのはいつ頃だっただろうか。重ねた時間が瞼の裏に浮かんでは消えていく。

——さっさと俺の島から出ていけ! さもないとぶっ飛ばすぞ!
——また来たのか。お前も案外ヒマなんだな。
——よお、久しぶりだな……っておい、目の下にクマ出来てるぜ。しばらく休んでいけって。サボったところでバレやしねえよ。

「彼をもっと知りたい。色んな表情が見たい。触れ合いたい。……去り際に見えた彼の涙が、頭からずっと離れないんだ。我ながら馬鹿げているな」
「あーもう、面倒くさい男ね。そんなに引き摺るくらいなら最初からオーケーすれば良かったじゃないの」
「僕もそう思う。今更『好きだ』なんて、あまりにも虫が良すぎやしないか」
「ホント、虫がいいにも程があるわ。……でも、自覚出来てるだけマシよ。そこは褒めてあげる」
「……ありがとう」
「さて、告白するなら早めの方がいいわよ。ああ見えてあの子、意外とモテるんだから。ぐずぐずしてると誰かに取られちゃうんじゃない? ……なんなら、アタシがいただいちゃおうかしら」
 彼女が冗談交じりに告げたときには、もう目の前からシャドウの姿は消えていた。
「アイツ、ちゃっかり早退しやがったわね。まったく、タイムカードくらいつけてから出ていきなさいよ」
 一人で残された会議室の中、ルージュは呆れ半分に溜め息をついた。

***

 緑豊かな自然に、流れる川。そして空高く浮かぶ遺跡の数々。久しぶりに降り立ったエンジェルアイランドは相変わらず美しかった。水平線の彼方には少しずつ夕闇が迫り始めていたが、日没までまだ時間はありそうだ。暗くなる前にナックルズを探そうと、シャドウはまず祭壇に向かった。だが、そこに彼の姿はない。あるのは物言わぬマスターエメラルドだけだ。穏やかな光を湛えているはずの宝石だが、どこか違和感がある。微かに、ゆっくりと明滅をしているのだ。
 もしや彼の身になにかあったのだろうかと、シャドウの胸に不安が過る。周辺を見渡すと、遠くに小さな人影がある。それも一人や二人ではない。
「誰だ?」
 カオスコントロールでその場に転移すると、正体はすぐに分かった。ソニックにテイルス、エミー。そしてナックルズ。ずっと想っていた相手が、目の前にいる。すぐにでも彼の元へ駆け寄りたい衝動をぐっと抑え、シャドウは木の陰から四人の様子を窺った。
 彼らは草原に赤と白のギンガムチェックのシートを敷き、ランチバスケットを持っている。ピクニックでもしているのだろうか。
 ナックルズの頭をくしゃくしゃと撫でながら、陽気に笑っているソニック。その傍らではエミーがツヤのあるリンゴを剥き、テイルスは無邪気にサンドイッチをかじっている。友人たちに囲まれているナックルズは、満更でもなさそうにはにかんでいた。あの日の涙なんて、幻だったかのように。
 幸せを絵に描いたような光景に、シャドウの胸は締め付けられた。感情の嵐が荒れ狂い、渦を巻く。
——なぜだ? 僕が好きだと言っていたじゃないか。君の心にもう僕はいないのか? 散々僕を掻き乱しておいてあんまりだ。
 幼稚で身勝手な言い分を並べる頭に、ルージュの言葉が反響する。
——ああ見えてあの子、意外とモテるんだから。ぐずぐずしてると誰かに取られちゃうんじゃない?
 考えてみれば、散々思い悩んでいた間に一カ月も経っているのだ。ナックルズだって、とっくの昔に失恋から立ち直っていてもおかしくない。ルージュの言う通り、もっと早く動くべきだったのだろう。
「……やはり、こんな身勝手な思いを告げる事など出来ない」
——忘れろ。所詮、互いに叶わぬ恋をしていたんだ。
 そう自分に言い聞かせてシャドウが島を離れようとした、その時だった。一際強く吹いた風が火薬の臭いを運んでくる。鈍い爆発音と共に、不気味な高笑いがあたりに木霊した。

***

「ごきげんよう! ネズミども。四人揃って仲良くピクニックか? 実に呑気なもんじゃ」
 もうもうと立ち込める土煙の中、狂気の天才科学者が姿を現した。
「なんだよ、ひょっとして誘ってもらえなくて拗ねてんのか? エッグマン」
「かーっ! 相っ変わらず生意気で口の減らんやつ! ……まあそんな余裕もいつまで持つかのう? これを見るがよい!」
 無機質な起動音が鳴り、彼が乗っている卵型のモービルが変形していく。まるで孵化だ。巨大な体に五つの頭、そして蛇のように長い首。額にはそれぞれカオスエメラルドが嵌めこまれており、禍々しい輝きを放っていた。
「なるほどね。最近妙に大人しいと思ったら、こういうワケか!」
 エッグマンを鋭く睨みつけるソニックだが、相手は怯む様子もない。
「どうじゃ、ワシの最新作は。名付けてエッグバイパー・改! 修復したエッグバイパーに、アークに設置されていた重力シリンダーの技術を組み込んだ代物よ。さて、あと一つがどうしても見つからんのが癪だが……、すでに六つのエメラルドがワシの手中にある。これだけでもキサマらを捻り潰すのには十分過ぎるだろうて」
「おっと、そいつはどうかな? みんな行くぜ!」
「うん!」
「オッケー!」
「言われるまでもねえ!」
 ソニックの合図と共に三人が頷き、エッグバイパーへと飛び掛かっていく。テイルスは上空から、エミーとナックルズは左右から、そしてソニックは正面から。四方を取り囲み、互いに連携しながらの攻撃を試みる。しかし五つの首は各々の意思を持つかのように、彼らを翻弄した。それだけではない。体が鉛にでもなったとでもいうのか。足が、手が、異常に重いのだ。
「ダメだわ、全然効かない!」
「どうなってやがるんだ!」
「みんな気をつけて! さっきエッグマンが言っていたでしょ? 重力シリンダーの力は厄介だ! エッグバイパーに嵌めこんであるカオスエメラルドも、莫大なエネルギーを供給してる。このままじゃ危ないよ、なるべくあのロボットから離れて!」
「ふん、小賢しいキツネめが。引きずり降ろしてやるわ」
「わあっ!」
 真っ先に状況を分析したテイルスが叫んだが、エッグバイパーは彼の尻尾に喰らいつき、容赦なく地面へと叩きつける。
「テイルス!」
「ソ、ソニック……。ボクなら大丈夫、心配しないで。とにかく、早くエッグマンを止めないと……!」
「もちろんだ。オレたちならやれる」
 とはいえ、このままでは劣勢に陥るのは時間の問題だった。「敵から離れる」とは「攻撃も疎かになる」という意味だからだ。ソニックは負傷したテイルスを守りながらも、スピンダッシュとホーミングアタックを加えながら敵を誘導し、エミーはハンマーを握って勇敢に立ち向かう。ナックルズも雄々しく拳を振るい、爆風にドレッドヘアが靡いている。その美しさに、シャドウは息を呑むばかりだった。
「ええい、往生際の悪いネズミどもめ。そろそろ……これの出番かのう。さて、ポチッとな」
 エッグマンが操縦席のボタンを押すと、四本の爪を備えたアームが伸びた。怪しい動きをいち早く察知したのはナックルズだ。
「あいつ、一体……」
 アームの狙いがエミーに定まっている。彼女は次々と襲い来るエネルギー弾を跳ね返していて、背後に迫っている危険には気付いていない。ナックルズの体は考えるよりも先に動いていた。
「エミー、危ねえ!」
「きゃっ!」
 とっさに彼女を突き飛ばし、渾身の一発をアームへとお見舞いする。しかしナックルズの攻撃も虚しく、標的を彼へと切り替えたアームの爪が、脇腹へと食い込んだ。
「ぐうっ……! 離せ!」
 必死に逃れようとするが、固い爪はびくともしない。もがけばもがくほどに痛みが増し、骨が軋んだ。
「ナックルズ!」
「ひどい! 人質とるなんて最っ低!」
「ホホ、何とでも言うがいいわ。こいつを解放して欲しくば……」
「汚い手で彼に触るな!」
 凛とした声の主に誰もが驚き、目を見開いた。
「シャドウ!」
「な、なんじゃキサマ! いつからそこに……のわっ!」
 シャドウはいくつものカオススピアを同時に放つ。凄まじいスピードだ。エッグマンも咄嗟に電磁シールドを展開して防御をしたものの、衝撃で機体がぐらぐらと揺れた。もしも命中していれば、エッグバイパーは木っ端みじんになっていただろう。桁外れの威力にさすがの彼も真っ青になった。
「コラ! 当たったらどうするんじゃ! まったく、不意打ちとは卑怯な!」
「おいおい、アンタが言うなよ……」
 思わず小声でツッコミを入れてしまったソニックだったが、彼もまたシャドウの激昂に驚いていた。わなわなと震えている拳。深く刻まれている眉間の皺。めらめらと燃えている真紅の瞳。どうやら相当ご立腹のようだ。
「あー、そういう事ね」
 全てを察したソニックは、すぐさまシャドウの隣にすっ飛んだ。
「よう、ロミオ。愛しのジュリエットにいいところを見せたいだろ? シェイクスピアも真っ青になるくらい、最高にホットでいかしたクライマックスを思いついたんだけど……乗るかい?」
「やめろ、馴れ馴れしい。大体……なぜ君が……」
「知ってるのかって? ぜーんぶナックルズのやつから聞いたよ」
 露骨に顔を顰めてみせても、シャドウの肩を抱くソニックは気にするどころか、ますますニヤニヤとしている。
 「おおかた振った後でアイツに惚れちまってるのに気付いた、とかそんなとこだろ?」
「…………」
「え、なにその顔。マジで? ひょっとして図星なわけ?」
「時間の無駄だ、要点だけ話せ。そして一つ訂正しておくが、別に振ったわけじゃない」
「オーライ、色男。耳の穴かっぽじってよーく聞いとけよ」
「何をごちゃごちゃと話しておる! 喰らえ!」
 二人にとって、作戦会議は〇・一秒もあれば充分だった。エッグマンからの攻撃を掻い潜りながら、シャドウは思考を巡らせる。
——彼は「すでに六つのカオスエメラルドが手中にある」と言っていたが、あの歪な自己顕示欲に塗れたガラクタの首は五つだ。では、残り一つはどこにある?
 カオスコントロールとドゥームスピアとを駆使し、相手の隙を窺う。必ず突破口があると信じて。
「ところでシャドウ、オレが囮を引き受けたのはいいものの……なーんかあいつの攻撃、お前に集中してるよな。いつもはオレを倒そうと躍起になってるってのにさ。なんか心当たりは?」
「ふん。やはりこれが狙いか?」
 シャドウは走りながら、紫色のカオスエメラルドをちらつかせた。
「おいおい、もしかして……最後の一つじゃないか? ていうかお前が持ってたのかよ!」
「ホッホッホ、さよう。ワシの目を誤魔化せるとでも? キサマから出向いてくれるとは実に好都合じゃ。なに、『タダでくれ』とは言わん。人質と交換してやってもいいぞ」
「駄目だシャドウ、絶対に渡すんじゃねえっ……ぐうっ!」
「ええい、黙っとれ!」
 アームの力が強まり、ナックルズの顔が苦痛に歪む。
「……いいだろう」
「シャドウ!」
「ほほ、物分かりのいいやつ。最初からそーしておれば……」
「そんなに欲しければ……くれてやる!」
 シャドウはエメラルドを勢いよく放り投げた。カオススピアと共に。威力が更に増幅したそれは、螺旋を描きながらエッグバイパーへと直撃した。外壁が剥がれ落ち、カオスエメラルドが転がり落ちる。これがマシンの力を制御するコアとして使われていたのだろう。機体は大きくバランスを崩し、五つの首は明らかに動きが鈍くなった。
「な……ワシのエッグバイパー・改が!」
「やった! チャンスだよ、シャドウ!」
「だってさ。あとは任せたぜ」
「分かっている」
 コアの破壊が致命的だったのか、口から放たれるエネルギー弾やレーザーの威力が弱まった。重力の操作も不安定になっているようだ。
「くそ、動け! 動かんか! このポンコツが!」
 操縦席に座るエッグマンは必死で体勢を立て直そうとしているが、もう遅い。あとはシャドウの独壇場だった。
 奪還した七つのカオスエメラルド、全ての力を手にした彼を前に、エッグバイパーはなす術もなく大破した。花火のように盛大な爆発音がエンジェルアイランドに響き渡り、奇跡の宝石は再び世界中に散らばっていく。夜空にちらちらと舞い散る火の粉が、シャドウとナックルズの顔を照らしていた。

***

「おのれ! きょ、今日のところは見逃してやるが、次会ったときはタダじゃおかんぞ! 覚えとれ!」
エッグマンは捨て台詞を吐くと、そそくさと逃げていった。
「けっ、せいぜいほざいてろ。一昨日来やがれってんだ。……で、お前もお前だ。いつまで俺の体を抱きかかえてるつもりなんだよ? さっさと降ろしてくれ」
「断る。今降ろしたら落ちるだろう」
「俺だって空飛べるんだぜ」
「そんな傷だらけの体でか? 無理だな。大人しくしていろ」
「う……」
 不機嫌そうなナックルズの手を、シャドウはただ優しく握った。背中から突き出た赤と黒の翼がはためき、夜の空を駆けていく。
「だ、第一、お前は何しに来たんだよ」
「決まっているだろう、君を守るためだ」
「別に……お前に守ってもらうほどヤワじゃねえよ。それに……」
「ナックルズ?」
「……やめろよ。勘違いしそうになるだろ」
 震える声に、月の光を受けて輝くひとすじの雫が、シャドウの心を決定的に打ち抜いた。
「……勘違いなんかじゃ、ない」
「は?」
「好きだ」
「……嘘だろ?」
「本気だ。今更遅いかもしれないが、もう一度……もう一度だけでいい。僕にチャンスをくれないか」
 腕の中で、ナックルズはますます赤くなって俯くばかりだったが、やがて小さく頷いた。シャドウは彼を抱きしめると、額にそっとキスを落とす。ようやく結ばれた二人を祝福しているのか、空には満天の星が瞬いていた。

***

 エンジェルアイランドでの戦いから数週間後。ステーションスクエアの片隅にあるバーガーショップには、ソニックとシャドウの姿があった。
「うわ、ここ超美味いって有名な店じゃん。ちょっと……いや、かーなりお高いって聞いたけど……」
「この期に及んで遠慮してるのか? 『いいとこ譲ってやったんだから今度ランチでもおごってくれ』と言い出したのは君の方だろう。約束は約束だからな」
「いや~、やっぱ持つべきものは友だよな~! サンキュー、シャドウ!」
 しかしその三十分後。ソニックは自身の発言をこれ以上ないほどに後悔していた。
「……で、ああ見えて彼は意外と嫉妬深いんだな。今日だってこうして出掛けてくる前に『どこに行くんだよ』とか『俺も連れてけ』と食い下がってきたしな。しまいには『どこにも行かないでくれ』なんて可愛らしい駄々まで捏ねだして……っておい、ソニック。僕の話をちゃんと聞いているのか?」
「悪いシャドウ、オレもうマジで色んな意味でお腹いっぱいだし胸焼けしてるんだけど」
「どうしたんだ? 別に遠慮しないでもいいぞ。まだ時間はたっぷりあるからな」
 トイレ休憩を挟むふりでもしてトンズラした方がいいのだろうか。というかシャドウはこんなに饒舌だっただろうか。しかもまさかあの堅物の二人が、付き合って三日で同棲、一週間もしないうちに朝から晩まで激しく愛し合うような関係にまで突き進んでいたなんて、いったい誰が思うだろうか。
 ソニックはげんなりしながら、ぬるくて味が薄くなったコーラを啜った。地獄の三時間食べ放題+惚気話聞き放題コースはまだ始まったばかりだ。

***

「ただいま」
 返事はない。その理由を、シャドウは十分すぎるほど知っていた。
 まっすぐ寝室へと向かい照明をつけると、ベッドには愛しい恋人が横たわっている。目隠しに手錠、そして口にはボールギャグまで嵌めて。なんとも背徳的な光景に、シャドウの興奮は高まるばかりだ。くすくすと笑いながら目隠しと口枷を外すと、早速ナックルズからは罵声が飛んできた。
「ふざけんな、このクソバカ! 色ボケ野郎が! どういう趣味してやがるんだよ!」
「残念ながら君に見る目が無かった、というわけだ。諦めるんだな。それに……君こそ随分とお楽しみだったようじゃないか?」
 長い髪に、頬に、そして期待に震える体のあちこちに軽い口吻をしながら、シャドウはナックルズを押し倒した。彼の力ならばこんなオモチャの手錠などすぐに壊して抜け出せるというのに。
「くっそ~……。てめえなんか……てめえなんか……」
「おや、嫌いになったのか? 酷いな、僕はこんなに君が好きなのに……」
「……う……。し……仕方ねえな。許してやるから、ありがたく思えよな……」
 二人は今日もまた、熱くて長い夜を過ごすのだろう。



あとがき

片思い→告白→振ってからの逆片思い→両思いSS、というテーマで書いた話でした。
以下、書き終えてみて良かったところ。

  • ちゃんと完成した
  • 当初の発想からブレなかった
  • 色んなキャラを書いた
  • アクションとバトルシーンに初めて挑戦
  • 萌える(自分が)


  • 続いて反省点。

  • 長い時間かかった割には短い
  • 諸々の詰めが甘い
  • アクション初挑戦だからと言い訳するにしてももうちょい書き方があったと思う
  • 途中で力尽きるな
  • ていうか正直「こいつら誰だよ」ってずっと言いながら書いてたくらいキャラ崩壊してる

  • 多分後々サイレント修正しまくると思うけどひとまず完成に漕ぎ着けられてよかったです。書き始めたきっかけというか動機なんですが、二人の接点がどーにも薄い……それは事実だ……あまりにもつらい……というのを逆手にとって書いてみよう! と思った話です。相手のことをよく知らないから最初は断ったものの、あとから意識しちゃって……とか萌えない?! って思ってました。
    まだまだ至らない点はありますが、少しでも楽しんでもらえたら幸いです。
    そういえばシャドウが睡眠したり飲食したりするシーンを普通に書いてますが、個人的な解釈として、取らなくても活動可能ではあるが、彼が「生命体」である以上、必要に応じて適度に取った方が結果的にエネルギー効率よく活動できる……という感じで書いてます。あとやっぱり普通の生物と比較すればずっと少なくて済むとかね。

    (2024.12.23掲載、2025.1.23加筆及び修正)