ちいさな騎士の誓い

「――『精神操作』を発動。対象は『I:Pマスカレーナ』です」
「それにチェーンして『I:Pマスカレーナ』の効果を発動する。俺のフィールドの『スプラッシュ・メイジ』と自身を素材にリンク召喚を行う」
 ある日の昼下がり。ハノイの騎士が所有する大型クルーザー内、その休憩スペースの一廓でデュエルが行われていた。
「その効果にチェーンして『禁じられた一滴』を発動。コストで手札の『スポーア』を墓地に送ります。効果を無効にし攻撃力を半減するのは『I:Pマスカレーナ』。さて、何かチェーンは?」
「ぐ」
もっとも貴方は「禁じられた一滴」によりモンスターの効果は発動出来ませんがね、と涼しい顔で続けるスペクターに遊作は言葉を詰まらせた。今は彼の手札にもフィールドにも、強力な速攻魔法の発動を止めるカードは無かったのだろう。
「くそ。チェーン無しだ」
「それでは早速有難く使わせていただきますよ。さて、私はまず墓地の『スポーア』の効果を発動します。コストでこのカード以外の植物族モンスター1体を除外し、自身を特殊召喚。そして更に『スポーア』と『I:Pマスカレーナ』でリンク2の『クロスローズ・ドラゴン』をリンク召喚します」
「『クロスローズ・ドラゴン』?……召喚条件は種族の異なるモンスター2体、か。初めて見るカードだな」
 カードに描かれているのは、全身が華やかな色とりどりの薔薇に包まれた可愛らしいドラゴン。 スペクターが植物族以外のモンスターを召喚するところを見たのは、今この場にいる誰もが初めてだった。
「なになに?はあ~?こいつこの見た目でドラゴン族なの?ていうかお前って植物族以外のモンスター持ってたのかよ?めっずらし~」
「ええ。私のとても大切なカードのうちの1つですよ」
「おいアースぅ。お前コイツのパートナーだろ。こんなカード持ってるなんて知ってたか?」
「うむ……。もちろんだ。しかし実際に目にするのは私も初めてだな」
Aiは机に置かれていたデュエルディスクからひょっこりと身を乗り出し、アースもスペクターの腕に着けられた端末から真剣な面持ちで勝敗の行方を見守っている。
「なんだお前たち。さっきから姿が見えないと思ったらこんなところでデュエルか」
「了見様」
「了見」
「よっ!今のところ結構いい勝負だぜ! 」
 取り掛かっていた作業がひと段落付いたのか、はたまた一旦休憩にして切り上げたのか。この船の主がマグカップを片手に現れた。
「2人とも、コーヒーでも飲むか?いるなら持ってきてやるが」
「俺はいい」
「私も結構です。それよりも了見様、コーヒーでしたらおっしゃってくだされば私が淹れますと何度も……」
「悪かった、悪かった。次はお願いするよ……。ところでLVでなくこんな狭いテーブルでデュエルとはな」
「こいつが新しく作ったデッキの調整に付き合っているところだ。まあ、わざわざLVに行くまでもないというか」
「成程。それにしても『クロスローズ・ドラゴン』か。随分と懐かしいカードだな。これは確か……」
 それは天涯孤独の身となったスペクターが鴻上家に引き取られて間もない頃。
 雨の中ロスト事件が起こった施設の跡地まで自分を迎えに来た了見に、彼は一目見て心を開いた。 幼い了見にも事件に巻き込まれた彼を助けなければならないという使命感があった。 まるで母のように自分を守り、安らぎを与えてくれた大樹を失ったスペクター。敬愛する父を奪われた了見。 大切な家族のいない寂しさを同じくした2人はすぐに打ち解け、 それからの日々はスペクターにとって、ロスト事件の時以上に、まるで夢のように穏やかで幸せなものとなった。
 晴れた日には森や花畑に出かけて日が暮れるまで遊んで過ごし、雨が降れば部屋の中で1日中デュエルをした。空腹になれば2人で力を合わせて食事を作り、 恐ろしい夢を見た夜には抱き合って眠りについた。何より愛する存在を失って心に負った傷の痛みを、彼は了見と共に過ごしている間だけは忘れることができたのだった。
 そんなある日のこと。
「ね!えっと……ちょっとお話があるんだけど、いいかな?」
「うん!了見さま!ぼくに何かご用でしょうか!」
声をかけたはいいものの、どう切り出すべきか迷っているのだろう。顔をほんのり赤くしてもじもじしている了見。
「えっとその……あ、あのね……」
そんな彼を、幼いスペクターは目をきらきらと輝かせて見つめていた。
――了見さまがぼくにお話だって。 いったい何だろう、と期待に胸を膨らませて。
 やがて了見は意を決したのか、1枚のカードを差し出すと一息にこう告げた。
「あの、これ!よかったら貰ってくれるかな?」
スペクターの目に映ったのは「クロスローズ・ドラゴン」のカード。プレゼントをもらうのは初めてのことだった。
「わあ……!すごい……!了見さま、ありがとう!でも、どうしてですか?」
「これ、ボクのとってもとってもお気に入りのカードなんだけど、キミも 僕みたいにお花とか好きみたいだから……きっと、気に入ってくれるかな、って……」
「このドラゴン、体にたくさんバラが咲いてる……とってもきれいです!」
「ね!すごくきれいで、可愛いでしょ!」
心の籠った贈り物。それも兄のように慕っている了見が自分を想って選んでくれた、とっておきのカード。嬉しくないはずがない。普段は自分の感情を表に出すことはやや少ないスペクターも、この時は飛び上がらんばかりだった。
「で、でも了見さまのとっても大切なカードなんでしょう?ぼくがもらってもいいんでしょうか……?」
「もちろんだよ!はい!大事にしてあげてね!」
了見の花咲くような眩しい笑顔。それに心奪われたスペクターに、強い決意が芽生えた。
 ――お母さんはもういないけれど、今のぼくにはこの人がいる、了見さまはお母さんのようにはさせない、ぼくが守ってみせる、と。
 彼の止まっていた時計の針が、動き始めた瞬間だった。
「ぼく……了見さまがくれた、このカードにふさわしいデュエリストになります!もっともっと強くなって、ずっと了見さまのおそばにいます! 」
「……ということもありましたね。今でもまるで昨日のことのように思い出せますよ」
「ふふ……私もだ。ン……おい、遊作?どうした急にうずくまって。何だ、腹でも痛いのか」
「俺だって了見から本編でフュリアスもらってるからそんな捏造エピソード聞いても1ミリも悔しくない。悔しくなんてない決して悔しくなんてないぞ」
「おい。言っておくがあれは貸しただけだろう」
「うっ……」
「嫉妬は見苦しいですよ藤木遊作。あとどう足掻いても私の方が圧倒的に了見様と付き合いの長~い幼馴染なことは公式ですので」
「うぐうっ……!」
「あらら、なんだか遊作ちゃんのライフが精神的に削れてるぅ」
「黙ってろ……」

あとがき

メモに書いてた時のタイトルは『スぺのマウントエピソード』でした。タイトル考えるの苦手過ぎる。
遊作とスペクターと了見の組み合わせが無限に好きすぎるので書きました。みなさんも書いたら私に知らせてください。元気が出ます。遊作→了見←スペクターの関係見てるだけでなんか面白いし遊作とスペクターはクソしょうもないことで無限にいがみ合ってて欲しい。2人から生まれたイグニスのアースとAiもアクア関係でひと悶着ありそうな感じだったし、この2人のライバル関係というかなんというか不思議な関係、もっと描かれてたらよかったのになあ~って思うけどまあもう終わった話なので。
ロスチルの中でスペクターだけなんでほんへで本名出てこないんですか?風の子もそうだけどスペクター割と出番多いんだからさ……。それとも本名無いのかな。まあ捨て子だったしな。個人的にハノイのミッションで偽名使うときとかに 「柳〇霊」とか「花〇島マサル」とか書いて藤木にお前ふざけてんのか?って言われて欲しい。藤木絶対にすごいよ〇!マサルさんとか読まないだろうけど……。でもスペクターという名前が名前なので割と本名の苗字が柳はありそう……。苗字に木入ってるし……。まあ妄想でしかないが……。
あとこの話の着想というかきっかけは自宅ストレージでリボルバーのデッキ組むために闇属性ドラゴンをひたすら探してた時にあっクロスローズのカードかわいい~って見てたんですが、そっから広げていきました。もちろんローズドラゴンたちがアキさんの代名詞であり、というか植物サポートなのは百も承知なのですが、クロスローズの属性とリンクモンスターであることからもし了見くんが持っていたらなあみたいな……。伝説のデュエリストや主人公陣営カード大好きだし可能性0ではない……はず……。二次創作なので、許してください……。