Happy Halloween Night at Pumpkin Hills(前編)

「なあマディ。ハロウィン、ってのは一体何なんだ?」

***
 それは十月一日のワカウスキー家でのこと。家族揃っての夕飯の後、皆がおしゃべりに花を咲かせて食後のコーヒーやお茶を楽しむ中で、一人だけ眉間に皺を寄せてむっつりと黙り込んでいる者がいた。ナックルズだ。心配したマディが「そんな難しい顔をしてどうしたの」と彼に尋ねたところ、先ほどの言葉が返ってきたのだ。
「ほら、うちから2ブロック先に住んでるじいさんがいるだろう? カボチャ農家の」
ナックルズはまだ白い湯気を立てているマグカップに大きな両手を添えて、砂糖とミルクがたっぷりのコーヒーをちびちびと舐めるように飲んだ。
「で、そのじいさんが昨晩『今年の収穫が始まるがそろそろ年寄りにはしんどくて敵わない、人手も足りないから手伝いに来てくれ』ってんで、俺は朝一番にじいさんの畑に行くことにした。するとそこに何があったと思う?」
「さあ……一体何かしら」
「聞いて驚くなよ。骸骨の人形さ」
 コーヒーにどぼどぼとマシュマロを入れながら、なおもナックルズは話を続ける。
「それも一つや二つじゃないんだぜ。案山子にするにしたってあんまりにも趣味が悪い。こりゃなんだとじいさんに聞いても『お前さんハロウィンも知らないのか、だったらマディやトムに聞いてみろ』と笑うだけだ。それに畑だけじゃねえ。よくよく見たら町中もそこらじゅう『ヘルボーイ』の漫画から出てきたような化け物の人形だの、目鼻をくり抜いたカボチャの飾りだので溢れてやがる。まったく薄気味悪いったらありゃしねえ。教えてくれよ、こりゃあ一体全体なんなんだ?」
 もちろんナックルズは真剣そのものな上に、地球人の文化についてはまだまだ勉強中の身だ。とはいえ、このなんともピュアな質問にソニックは思わず吹き出してしまった。
「よお兄弟、うちに来てからだいぶ教養ってもんが身に付いてきたな?」
笑いながら肩をバシバシと遠慮なしに叩くソニックに「おいやめろ」とナックルズは口を尖らせる。
「ハハ、ごめんごめん。ところでお前が『ヘルボーイ』読んでたなんて知らなかったよ。俺はDCの『フラッシュ』の方が好きだけどさ」
「マディやトムが俺に持ってきてくれた古本の中に何冊かまぎれてたんだよ。あの漫画ときたら、ロボトニックとどっこいのイカレポンチの坊主やら、性根の腐った魔女やらが次から次ヘと出てくるだろ? で、……っと、そうじゃない。今はいいだろ、その話は」
「なーにぃ? ナックルズってばいい歳してオバケがこわいのぉ?」
 二人の話に文字通り聞き耳をピンと立てていたテイルスが割って入ると、ナックルズは低い唸り声を上げてそちらに顔を向けた。眉間とマズルに刻まれた皺はますます深くなっている。
「野郎、この俺を誰だと思ってやがる? 『怖い』わけじゃねえ、『薄気味悪い』って言ってんだよ」
 ナックルズはつい数か月前には「銀河一危険な戦士」とも評されていた男だ。そんな彼の意外な弱点を見つけたかもしれない――そう直感したテイルスは「しめた」とばかりに二本の尻尾をぱたぱたと上機嫌に振っている。
「大して変わらないじゃん。あ! そういえばキミって、前にみんなでホラー映画見てた時も肝心なところで目つぶってたもんねぇ?」
「いい加減にしろよ、このキツネ!」
「図星なんでしょ」
ムキになったナックルズは声を荒げるが、一方のテイルスは怯んだ様子もないどころか、まだ幼い顔にどこか小憎らしい笑みを浮かべてさえいる。隣でやいのやいのと騒いでいる二人にソニックは呆れたように肩をすくめると、向かいに座るトムに「父さん、止めるとかなんとかしてよ」と目で訴えかけた。
「まあまあ、その辺にしとくんだな。兄弟ゲンカは犬も食わないぞ」
 ソニックからのアイコンタクトに気付いたトムがケンカの仲裁に入ると、彼の足元で寝そべるオジーもワン、と元気よく一声吠えた。
「あら、どうやらオジーもそう思ってるみたいね」
一連のやりとりを見守っていたマディも「ケンカはお仕舞い」と子どもたちの鼻先を撫でて穏やかに微笑むと、静かに語りかけ始めた。
「ナックルズ。ハロウィンっていうのはね、一種のお祭りみたいなものよ。由来に関しては色々な説があるんだけど、もともとは冬になる前に人々が慰霊祭をしていたの」
「慰霊祭……」
「昔は亡くなった人の魂がこの世に帰ってくると信じられていて、その魂をもてなすためにご馳走を用意したの。そして子どもたちにもあえてオバケの格好をさせることで魔除けをしていたそうよ」
 死者の魂を丁重に扱う古い祭が始まりだという話に、つい先ほどまでストーブのようにカンカンになっていたナックルズも神妙な面持ちでマディの声に耳を傾けている。一通り彼女の説明が終わる頃には、ハロウィンが何なのかすっかり理解したようだ。
「ふうん……成る程な。よく分かった、ありがとう」  マディに感謝の言葉を伝えると、納得したように一度は頷くナックルズ。それでもなお、どこか腑に落ちないことがあったのかだろう。しきりに小首を傾げては「しかし、なんだってそれが子どもにお菓子をあげる祭になっちまうんだ……?」と呟いている。
「お前って本当に生真面目だよなあ。そんな細かいこと気にするなよ! だってさ、魔法の呪文をひとこと唱えるだけでお菓子がたくさん貰えるんだぜ?」
 ソニックがかけた言葉に、ナックルズはしばし顎に手をあてて考える素振りをし、やがて顔を上げた。いつものしかめっ面もどこへやら、その瞳は期待にキラキラと輝いている。
「ふむ。まあ、そう考えると悪くはねえな。ハロウィン万歳だ」
「だろ? グリーンヒルズは一年中緑が豊かな町だけど、ハロウィンの時期だけはまるで別世界になるんだ。みんなが収穫したカボチャでランタンを作って、家をこれでもかってくらいに不気味に飾り付ける。この時期の町はさながら『パンプキンヒルズ』ってところさ。ホント最高だよ! ……しかしハロウィンの時期ってなると、やっぱりホラー映画が見たくなるよなあ」
しばらくナックルズとテイルスに向かって熱っぽく語っていたソニックだが、ふと何かを思いついたように静かに呟く。そしてそのアイデアは碌なものではないだろうということは、この場にいる全員がおおよそ確信していた。
「せっかくだからハロウィン当日になるまで毎日見ようぜ、ホラームービー・マラソンだ! お前ら何がいい? え、オレのオススメ? そうだなあ、まず『ハロウィン』は絶対に見るっきゃないよな! あとは『ハウス・オブ・ザ・デッド』に『チャイルド・プレイ』。もちろん『エルム街の悪夢』は外せないね! あ、あと『リング』もめちゃくちゃ怖いし『シャイニング』も見たい!」
あれもこれもと指折り数えながらマシンガントークになるソニックを目の当たりにして、次第にナックルズの顔が引き攣っていく。
「う、嘘だろソニック……? ハロウィン当日になるまで……? これから三十日もあるんだぞ、毎日だなんて本気で言ってるのか……? おい! 聞いてんのかこのハリネズミ! 勘弁してくれ!」
 その夜、屋根裏部屋には「やっぱりハロウィン反対だ」というナックルズの絶叫が響き渡った。



後編