A Sweet Secret Between the Vampires(後編)

「うわ。やっぱり混んでるな」
 まだ昼に差し掛かったばかりだというのに、ハロウィン当日のステーションスクエアは既にたくさんの人で賑わっていた。見慣れたはずの町はいつもとまったく違う表情をしており、カボチャのランタンにお化けをかたどった可愛らしいオーナメントでいっぱいだ。通りに連なっている屋台は様々で、カラフルなテントや店先はただ眺めているだけでもわくわくする。コットンキャンディにチョコレート、そしてキャラメルポップコーン。甘い香りがふわふわと宙を漂い、ナックルズの鼻をくすぐった。
「な、シャドウ。早く行こうぜ!」
 彼は珍しく子どものようにはしゃいでいる。マスターエメラルドの守護者として日々ストイックに過ごしていることはもちろん、友人たちの前でも背伸びしている姿を知っているだけに、無邪気な笑顔はシャドウにとっていっそう眩しく映った。
「そう慌てるな。ほら」
「ん」
 シャドウはナックルズに後ろを向くように促すと、最後の仕上げにとりかかった。真っ赤な長い針を手に取り、手櫛で整えて三つ編みに結い始める。
 今日の二人は鮮やかな色合いの服に身を包んでいた。衣装はデザインこそお揃いだが、ナックルズは深い緑にところどころ赤や黄を使ったもの、シャドウは赤が主体で差し色に黒や金をあしらった上品なものだ。袖や襟の裏からは異国情緒溢れる柄が見え隠れしている。さらに目を引くのは、呪文の書かれたお札を縫い付けてある、大きくて丸い帽子だ。
「気のせいかもしれねえけどよ、……な、なんかみんな俺たちのこと見てないか?」
 幽霊や魔女など、皆思い思いの仮装をしているようだが――東洋の吸血鬼、キョンシーの衣装を着ているのは彼ら二人だけのようだ。すれ違う人は時々物珍しそうな顔をして彼らを見つめたり、こっそりスマートフォンのカメラを向けたりしていた。
「……気のせいではないな」
 衣装のチョイスを失敗したかもしれない、という考えが二人の頭を過ったが、もういまさら後には退けない。深呼吸をしてから帽子を被り直すと、隣に見えたシャドウの横顔にナックルズの胸は高鳴った。
「行こうか」
「お、おう」
 シャドウが伸ばした手をぎゅっと握る。人ごみの中ではぐれないように。たったそれだけのことなのに、彼の心臓はますます早鐘を打つばかりだった。
 
 ***

 屋台でお菓子を食べ歩いたり、射的や輪投げなどのゲームをして競い合ったり。恋人と二人きりで過ごす時間はあっという間に過ぎていき――やがて空も人も街並みもオレンジ色に染まり始めた。
「おい、これうまいぞ。食えよ」
 先ほど露店で買った熱々のパンプキンパイの片方を、ナックルズはシャドウへと差し出した。
「ほれ、あーん」
「……よくそんなに食べられるな、君も」
「お前が少食なだけだろ」
 空になった紙袋を丸めて上着のポケットに入れようとしたところで、彼は違和感を覚えた。隅の方でまだカサカサという音がするのだ。袋を逆さにしてみれば、小さな焼き菓子が転がり出てくる。
「なんだこれ?」
「ああ、フォーチュンクッキーだな。さっきの店主がパイのおまけにつけたんだろう……待て、まだ食べるんじゃない。まずは割ってみるといい」
「へー」
 ナックルズは興味津々だ。言われるがままにクッキーを二つに割ると、ぱきんと乾いた音がした。
「また何か入ってるぜ? 紙みたいだけど」
「おみくじだ。これからの運勢が書いてあるんだ。開けてみろ」
「ふうん。……げ、『凶』だとよ! 縁起わりいな。はあ? 『思わぬトラブルに巻き込まれるかも』って?」
 そのときだった。シャドウは人ごみの中に見慣れた顔があることに気付き、思わず舌打ちをする。
「……まずい。ここから離れるぞ」
「は?」
「こっちだ」
 返事も待たずにナックルズの腕を引っ張ると、人の海をかき分けるように走り始める。
「おい、いったい何……」
 後ろを振り返ると、ナックルズは息を呑んだ。そこに見えた青い影は紛れもなく彼の親友――ソニックの姿だった。ここに来ているのがばれれば最後、面倒くさいことになるのは目に見えている。
「テイルスとエミーまでいるじゃねえか。……当たってるな、さっきのおみくじ」
「いいから。早く行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待てって……おわ!」
 ゆったりとした作りの裾が仇となったのか、ナックルズは足を取られて危うくつまずきそうになった。転びこそしなかったものの、その拍子に出た声に気付いたのだろうか。ソニックがゆっくりと彼らの方に振り向いたのだ。
「ナックルズ?」
 背中を冷や汗が伝っていく。
 ――気付かれた。
「おーい、その声ナックルズか? なあ、そうだろ! ひょっとしてシャドウもいるのか? 逃げなくてもいいだろ、どこ行くんだよ!」
 無我夢中で通りを走り抜けるが、このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。相手が悪すぎる。もう駄目かとナックルズが腹をくくりかけた瞬間、目の前が白い光に包まれ――瞼を開ければ、そこは薄暗い路地裏だった。古びたビルと家屋との隙間に隠れて二人が息を潜めていると、やがて遠くからぱたぱたと足音が聞こえてくる。
「ちょっとソニック、待ってよお!」
「ああ、ごめんよテイルス、エミー。その……さっきナックルズとシャドウのやつを見つけたと思ったんだけどさ、この人ごみだろ? うまく走れないし……もうちょっとで追いついくかと思ったんだけど、見失っちまってさ」
「えぇ? シャドウとナックルズ? たしか2人とも『忙しくて無理』って言ってたわよね……」
「オレもそう思ってたんだけどさ、うーん。……まあでも、そういえば帽子で顔が隠れてよく見えなかったしなあ……。ナックルズのやつはともかく、あの人付き合いの悪いシャドウまで来るとも思えないし……やっぱオレの見間違いかもな」
「ドッペルゲンガーでも見たんじゃないの?」
「はは、そうかも」
「もう、二人ともそろそろ行きましょ! この後トゥインクルパークの近くでパレードと花火が始まるんだから!」
 次第に3人の声は遠ざかっていき、やがて雑踏のざわめきの中へと消えていった。まだ心臓はどきどきとうるさかったが、ナックルズとシャドウはようやく息をついた。
「……ったく、ひやひやしたぜ」
 口では悪態をつきながらも、ナックルズは小さな笑みを浮かべている。その視線の先は、シャドウの手に煌めくカオスエメラルドだ。
「あいつを撒くためにわざわざカオスコントロールまで使ったのか? 無茶しやがって」
「別にどうということはない。彼らに見つかったら大騒ぎになるだろうしな」
「正直、もういっそバレてもいいかって覚悟もしたけどな」
 しばらく見つめあった後、誰もいないひっそりとした路地裏で、二人はそっとキスをした。

***

「なあ、本当に大丈夫だよな?」
「安心しろと何度も言っただろう。設置しておいた発信機は今のところ鳴っていないからな」
 すっかり夜も更けた後、ナックルズはシャドウに連れられてエンジェルアイランドへと戻ってきた。
 暗い闇の中、遠くからでもマスターエメラルドの輝きが見える。ほのかな緑色の光は、まるで彼らを優しく出迎えているようだ。大事な宝石が無事だったことにナックルズは安堵したが、同時に頭の中にはまだ今日の出来事がリフレインされていた。
「あのさ」
 賑やかな街並み。握った手の温かさ。秘密のデート。路地裏でのキス。
 名残惜しい。けれど、もう帰らなければならない。
「ありがとな」
「礼はいい。もう着替えるとしよう。明日も早いからな」
「そうだな、っと……あ、あれ? 脱げねえぞ、どうなってんだ?」
 衣装を脱ごうともぞもぞ体を動かしているやってるナックルズを見て、シャドウの口からは呆れたような溜息が出た。朝から晩まで付きっきり、休暇を返上してまで教えたにも関わらず間違った縫い方でもしたのだろうか。
「まったく、何をやってるんだか。君というやつは本当に不器用だな。それとも僕に脱がしてもらうためにわざとやってるのか?」
「……へえ。お前が脱がしてくれるのか?」
 挑発的な言葉にナックルズが怒ると予想していたシャドウだったが、意外なことに彼はそっと体を預けてきた。柔らかな頬に触れれば、かすかに熱を帯びている。
「……いいだろう」
 シャドウは静かにナックルズを押し倒す。彼の期待に応えるように。
 満点の星空が、愛しあう二人を静かに見守っていた。

Happy Halloween!